ネットワークの大規模化、複雑化に伴い顕在化した問題を解決するため、生物の仕組みに着想を得た自己組織化の原理が注目を集めている。しかしながら、自己組織化の原理を応用した自己組織型システムは、システム全体の最適性が保証されない、機能創発に長い時間を要するという問題を有しており、ひいては環境変動への適応速度の遅さにつながっている。自己組織型システム本来の局所性を維持しつつ、変化し続けるネットワーク環境へと適応していくために、我々は管理型自己組織化制御に着目している。管理型自己組織化制御は、システムの外部に管理ノードを導入し、システム外部から観測および制御入力を与えることにより所望の状態へとシステムを誘導する制御技術である。本研究では、集中型の管理により実現する最適フィードバックメカニズムを、自己組織的な経路制御手法であるポテンシャルルーティングに組み込むことで、自己組織型制御の収束性を向上する手法を提案した。さらに、図に示すように、生物の集団的行動(collective dynamics)の知見に基づくモデルの一つであるeffective leadership modelモデルを応用することで、個々のノードが持つ情報の正確さと、個々のノードが近隣のノードの情報をどの程度信頼するのかを表現する相互作用モデルを構築し、ネットワークシステム全体での意思決定の正確さを向上した。
様々な生物の振る舞いを解析することで得られた数理モデルを情報通信分野に用いることで、環境適応力を有する通信制御手法へとつながることが期待されている。生物の振る舞いを知るためには生物の生態調査が必須であるが、中にはその発見が非常に困難な種もいる。本研究はニホンアマガエルの合唱行動に着目しており、①発生個体の位置推定、②発生情報を元にした合唱モデルの構築、③センサーネットワークへの応用、の三点を行っている。位置推定については、カエルの鳴き声を用いることで位置の推定を行う。音声信号到来方向(DOA)を用いた位置推定システムの実装を行い、その性能を評価した。周囲に障害物のない環境において、単一音源の位置推定実験を行い、5m×15 mの領域内では平均誤差が0.60 m 以下で位置の推定が可能であることを示した。また、カエルの合唱モデルに関して、従来短い周期では逆相同期を行うことが知られていたが、より長い周期に着目すると、群れ全体が合唱する状態と、鳴かずにいる状態が交互に現れる。この長期的ダイナミクスのモデルを構築し、センサーネットワークへの応用可能性を示した。
第5世代移動通信システムの実現に向けて様々な研究がなされている。本研究では、我々がこれまでに取り組んできた、自律分散型の移動管理エンティティ(MME)機構に残っていた問題点を解決した。局所的な情報に基づく自律分散型の機構には、システム全体の思惑から外れた行動をとるエンティティが存在する可能性があり、局所解付近での摂動と行った、解の不安定さにつながっていた。自律分散的に存在するシステムに対して、その全体像を把握することはしなくとも、システムから定期的にサンプリングした少数の情報に基づき、システムへの適切な制御入力を与えることで、この不安定さを解決する管理型自己組織機構を提案し、その有効性を示した。
SDI (Software Defined Infrastructure) 環境では、物理的リソースであるコンピューティングリソースとネットワークリソースをスライス化して仮想ネットワークを構築し、その仮想ネットワークをサービススライスとしてユーザに提供する。SDI環境を実現する技術として、近年 SDN (Software-Defined Networks) と NFV (Network Function Virtualization) 技術が着目されている。市場導入に向けては、技術標準化が必須であり、現在も進められているところである。しかし、SDI環境の実現に向けたもう1つの課題は、ユーザの需要に応じて仮想ネットワークと物理的なリソースの割り当てを制御することである。特に最近は、センサーデバイスの小型化や低価格化とモバイルデバイスの普及にともない、現実世界の状況をセンシングして分析処理し新たなサービスを提供する実世界センシングが注目されており、ユーザの需要に応じて高速かつ柔軟にネットワークリソースを制御することが望まれる。
本研究では、SDI環境において、実世界変動に対応しリソース制約も考慮したリソース配置を、ポテンシャル場を用いた自己組織的な動作によって実現する動的リソース制御手法を考案し、計算機シミュレーションを用いて有効性を評価した。提案手法では、各エッジルーターに発生する潜在的なリソース需要をポテンシャルとして表現する。エッジルーター間でポテンシャル値の情報交換による自己組織化と外部のコントローラを介したリソース競合の調停管理による管理型自己組織化を行い、ポテンシャル場を形成・更新する。エッジルーター上では複数のサービスが展開されるため、外部のコントローラは各サービスのリソース需要や時空間的特性に基づいて競合するリソースの調停を図る。評価では、交通実データを用いてポテンシャル場を形成および更新し、複数のサービス展開によるリソース競合に対する空間的リソース増強が行われることを明らかにした。また、管理型自己組織化による調停により、リソース不足となるエッジルーターの割合が32%低減されることを示した。
Network Function Virtualization (NFV) やマッシュアップWebサービスなどのネットワークシステムにおいては、実行環境の構成要素である汎用サーバ上に複数のサービスや機能を配置し、実行する。その分散配置されたサーバに、どのサービスや機能を配置するか、及び配置された各サービスや機能にどう資源を割り当て実行するかを各サーバで自律的に決定することは、物理的に広い範囲のネットワーク環境や、サーバ障害や環境変動の発生時においても、システムの冗長性や成長性を保ちながらシステム全体を制御できる。また、遺伝子ネットワークや化学反応等の生化学における特性である自己組織性や堅牢性を情報ネットワークアーキテクチャへ応用する検討が活発に行われている。
本研究では、化学反応式を利用した空間拡散モデルに基づいて、上記のようなネットワークサービスにおいて、提供するサービスや機能を適切な場所で実行し、サーバ資源をそれらで効率よく共有する手法を提案している。提案手法では、提案システムをNFVを実現するために適用することを考え、NFVにおけるサービスチェイニング、Virtualized Network Function (VNF) のサーバへの配置、フロー経路の決定などを行うための化学反応式を構築し、その有効性を様々なアプリケーションシナリオに基づくコンピュータシミュレーションによって確認した。
さらに、提案手法をNFV環境実現のためのオープンソースプロジェクトであるOPNFV上に実装するためのデザインを示し、特に、サービスチェイニングの実装デザインである Network Service Header (NSH) の具体的な実現方法を提案した。
進化適応性を有する情報ネットワークの構築に向け、生物システムなどの自己組織的に動作するシステムにおいて外的要因の急激な変化に対して安定的に機能提供可能であることを説明するBow-Tie構造、Core-Periphery構造に着目した研究を進めている。Bow-Tie構造、Core-Periphery構造では、システム全体を、安定的かつ効率的に動作するCoreと外的要因の変化に応じて動作形態を変えるPeripheryの二つの要素で捉える。
本研究では、Linuxカーネルにおけるネットワーク機能の実装に着目し、共通して利用される関数群(Core機能)を抽出し、グラフ理論の観点からCore以外の関数からCoreの関数がどのように使用するかを分析した。本分析では、Linuxカーネルのソースコードのうち、ディレクトリ“net”配下の関数をネットワーク機能の関数としている。分析の結果、ディレクトリ “net/core” はすべてのプロトコルコンポーネントによって使用され、名前が示す通り、中核的な役割を果たすことがわかった。さらに、Linuxカーネルの複数バージョンに上記の分析を適用することで、Linuxカーネル開発のCore機能の変遷を機能の依存性やサイズの観点から分析し、コア機能の抽出と配置の要件を整理した。“net/core”は、新しいプロトコルコンポーネントがカーネルに追加されたときに常に利用されることが明らかとなった。また、“net/core”のうち約15%の関数が、新しいプロトコルコンポーネントからの呼び出し先の関数となっており、これらの関数は開発が進行しても増加しないことが明らかとなった。
さらに、Core/PeripheryにもとづくNFV のネットワーク機能(VNF)配置について、効率性ならびに安定性の観点からの有効性評価に取り組み、コアペリフェリモデルの適用にもとづく VNF の分類と、その分類により得られる効率性と安定性を定量的に明らかにした。ただし、NFV はまだ標準化を策定する段階であり、実測にもとづくサービスチェイン要求パターンを用いた定量的評価を行うことはできない。そこで、まず経年的変化の実測データが有る AS (Autonomous System) ネットワークを対象とし、コアペリフェリモデルの適用によるコアサイズとコアの安定性を評価する。次に、生成モデルにもとづくサービスチェイン要求に対してコアペリフェリモデルにより VNF を分類し、コアの効率性および安定性の知見が有効であることを確認しつつ、定量的な評価を行う。評価の結果、コアサイズを 128 とした場合、約 24% のサービスチェイン要求が処理可能であることがわかった。また、要求される VNF の偏在性が高い場合はコアの効率性と安定性が高まるため配置する VNF 数を 128 から 32 に減らしても多くのリクエストを継続的に処理できることがわかった。また、要求される VNF の偏在性が低い場合はコアの効率性と安定性が低下し、配置変更の頻度を高めることによる対応が必要であることが明らかとなった。
SDI仮想化基盤により仮想ネットワークの即時提供や要求の変更への迅速な対応が期待される。しかし、SDI仮想化基盤の構築に向けてはいくつかの課題が残されている。一つ目に、仮想ネットワーク要求の到着、要求の変動への即応が求められる。SDIではソフトウェアAPIを通してサービス要求を受け付けるため、細かい時間粒度での要求変動が起こることが想定される。従来の長期観測に基づく最適化アプローチによる資源割当方式は、細かい時間粒度の変動へ対応しようとするものではなく、従来方式ではソフトウェア化される迅速な手続きに適さない。また、制御コントローラが多重スライスの一元管理を行うため、多重される仮想網数が増大しネットワークが大規模化する状況においては、莫大なネットワーク情報をコントローラに収集する必要がある。その結果、制御コントローラへの負荷が増大し、制御メッセージが帯域を圧迫することによる通信遅延の増大がボトルネックになりネットワーク管理が破綻する恐れがある。二つ目に、大幅な要求変化や環境変化に対する適応を図る必要もある。近年、フラッシュクラウドなどと称される急激にデマンドが大幅増加する現象が発生しており、SDI運用においても、サービスの多様化や、接続端末の多様化、接続端末数の増加が見込まれ、そのような変動へ備える必要がある。そこでも、仮想ネットワーク制御による適応を試みるが、場当たり的な物理資源設計では、物理資源容量の制約が仮想ネットワーク制御を阻害し、急激な変化を吸収することが困難となる。
本研究では、上記の課題を解決することで、急激な要求変動や状況変化に対応可能なSDI基盤の設計制御方針を検討した。下記論文では、まず、生物の進化適応性に関する知見をネットワーク資源設計に応用する事前検証として、IP-over-WDMネットワークにおいて生物の進化モデルに着想を得たポート数増強手法を提案し、トラヒックデマンドの変動強度に依らず、より多くのトラヒック変動パターンに対して仮想網制御により平均リンク利用率を小さく抑えられる効果を示している。さらに、生物のゆらぎ原理にもとづく仮想網埋め込み (VNE) 制御手法を提案し、仮想ネットワーク要求のトポロジー変更や資源要求量の変動に対して、即座に遅延要件を満たす仮想網配置を導出することを示している。最後に、進化可能性を高める物理資源設計手法を提案している。提案手法は、生物の進化可能性に関する知見に着想を得てVNE解の多様性を測る指標を定義し、VNE制御が構築できるVNE解の多様性を高めるように物理資源増強を施す。提案した計算資源増強を施す効果として、ゆらぎ原理に基づくVNE制御手法が発見できるVNE解の多様性が増し、多様なデマンド変動に対してVNE制御の制御成功率が向上することを示している。
通信ネットワークへの接続者数の増加に伴い、通信サービスが多様かつ動的なものとなっている。この状況に対処する方策として、ネットワーク機能の構成を動的に変更可能にする仮想化技術である Network Function Virtualization(NFV)技術が広く注目を集めている。ユーザの動的な処理要求変更に対応するためには、VNFをどのように配置するのかを、時々刻々と変化するネットワークに適応できるように、動的に解く必要がある。このような動的VNF配置問題においては、配置状態を各要求に対して適したものとすることに加え、処理要求変化後のVM再構成操作などの、動的配置に必要なコストを抑制する必要がある。本研究では生物進化の知見を利用することでこの問題を解決した。生物は、環境変動の中で進化する中で、各目標へ遺伝的に適応し、最終的に少しの構造変更で目標変動に適応できる構造を獲得する。本研究では環境変動に対する生物の進化適応の概念を導入した遺伝的アルゴリズムであるMVG を動的VNF 配置問題に応用した Evolvable VNF Placement(EvoVNFP)を提案した。提案手法では、既存の進化的アルゴリズムと比較して、短い計算時間によって解を得ることが可能であり、動的な要求変動にも追随して制御を行うことが可能であることを示した。
近年、IoT (Internet of Things)の進展を背景に数多くの新しいアプリケーションやサービスが登場し情報ネットワークは急激に変化している。新しいアプリケーションやサービスの例として、カメラやセンサーなどを搭載したエンド端末において取得された情報を、別拠点のデータセンターで処理し、結果をエンド端末へ提示するサービスが考えられている。しかし、エンド端末とデータセンターが地理的に離れることや、大量のデータがデータセンターに集中することで、遅延が増大する。このような問題に対応すべく、ネットワークそのものに柔軟性を持たせる一つの方法としてネットワーク機能仮想化 (NFV: Network Functions Virtualization)が期待されている。さらには、ネットワーク機能だけではなくアプリケーション機能を仮想化してモバイルエッジに配置し、地理的な遅延の解消および負荷の分散によるアプリケーションやサービスに対する応答性向上を期待するエッジコンピューティング (EC: Edge Compu-ting)の導入が進められている。エッジコンピューティングによって応答性向上が期待される一方で、仮想化環境でのソフトウェア動作による処理速度の低下が懸念される。本研究では、MEC環境で発生するアプリケーションレベルの遅延と発生要因を解明に取り組んだ。実機環境として、OpenStackおよび Amazon Web Serviceを使用してMEC環境を構築し、リアルタイム処理を伴う映像のライブストリーミングサービスを動作させる。アプリケーションレベルの遅延を計測し詳細に分析した結果、映像の低遅延ライブストリーミングのためには、伝搬遅延が小さいことに加えジッターの発生を抑えることが重要であることが明らかになった。さらに、この分析結果に基づいてサービス機能再配置手法を考案した。この手法では、ジッター増加の尺度としてエッジサーバのCPU負荷を使用する。実機実験の結果、考案した手法によって、アプリケーションレベルの遅延を400ms未満に維持し、ビデオの品質を良好に維持することができた
また、最近では、仮想現実 (VR: Virtual Reality) 技術や 複合現実 (MR: Mixed Reality) 技術が発展し、これらの技術を用いて臨場感のある体験を提供するネットワークサービスが展開されつつある。しかし、仮想現実技術や複合現実技術を用いたネットワークサービスでは、ユーザが一方的に音声や映像などの体験を享受するサービスと比べて、ネットワークの遅延やパケットロスの増大に対するユーザ体感品質の変化が大きくなる可能性がある。そこで、仮想現実技術/複合現実技術とエッジコンピューティングを組み合わせたアプリケーションとして、局所的に取得される実世界の情報を局所的に統合・処理を行いつつ遠隔地のロボットへ情報伝達を行い、ユーザに対して新たな臨場体験を提供するアプリケーションを考案し、エッジコンピューティングの導入によるユーザの体感品質の向上性を検証した。検証の結果、遅延が720 [ms]から920 [ms]の間でユーザの体感品質が急激に悪化するため、クラウドコンピューティング環境で約1秒の遅延が発生するサービス環境では、エッジコンピューティングの導入によりユーザの体感品質が向上する見込みがあることが明らかとなった。さらに、作成したアプリケーションを、ららぽーとEXPOCITYで開催された大阪大学共創Dayで展示し、来訪者に体験してもらった。
将来における無線センサーネットワークは、単に情報を収集するだけではなく、Internet of Thingsに統合された情報基盤としてその重要性を増していくと考えられている。多様な通信要求に適切に応じるために、ネットワークの構造自体をどのように設計するべきかという観点から遅延時間や通信帯域、耐故障性といったネットワーク性能を向上することも重要な課題となる。そこで我々は、人間の脳ネットワークの構造に着目した。脳ネットワークは高い通信効率とロバスト性を有することが期待され、その特徴を有するネットワークトポロジーを構築する手法を提案する事により、これらの課題の解決を目指す。このようなトポロジー構築方法の応用先として、センサーネットワークにおいて有効となる仮想ネットワーク構築に取り組んだ。脳ネットワークが有する特徴として、階層的なモジュール構造とスモールワールド性、特徴的な次数相関があり、これらの構造的特徴を導入したトポロジー構築方法を提案し、通信効率やロバスト性の観点から、その有効性をシミュレーションで示した。
対地間トラヒックマトリクスの情報を用いない手法として、人間の認知・意思決定の振る舞いをモデル化したベイジアンアトラクターモデル(BAM) を応用したVN 再構成手法を研究してきた。この手法は、特定のトラヒック状況(アトラクター)およびそれに対して良好な性能を示す仮想ネットワーク(VN) を複数保持しておき、ベイズ推定により現在のトラヒック状況を同定し、適したVN を構成する。トラヒック状況を表す情報としては、対地間トラヒックマトリクスより容易に利用可能なエッジルーターにおけるトラヒック流出入量を用いる。本手法は、あらかじめ特定した複数のトラヒック状況が与えられた上で、トラヒックを観測する度に現在のトラヒック状況がそれらの状況に合致する確率(確信度)を更新し、それが閾値に達したときトラヒック状況を同定する。BAMは人間の認知・意思決定の振る舞いをモデル化したものであるが、VN 再構成の迅速性や正確性を得るにあたっては、閾値やそれに関連するモデルパラメータを適切に設定することとBAM のパラメータに応じて保持するアトラクターを適切に設計することが重要である。
本研究では、BAM を応用した VN 再構成手法を発展させ、VN 再構成の迅速性と正確性の双方を満たす VN 再構成手法を提案した。迅速性と正確性はトレードオフの関係にあるので、迅速性を高めるパラメータ設定による環境認知経路を持つ BAM と正確性を高めるパラメータ設定による環境認知経路を持つ BAM を用意し、これら 2 つの BAM を組み合わせてトラヒック状況の認知を行い、また、迅速性を高めた BAM の認知結果に応じて正確性を高める BAM のアトラクターを更新することによって、迅速性と正確性の双方を満たす VN 再構成を実現する。5 ノードの物理ネットワークで VN 再構成の動作検証を行った結果、正確性を重視した認知経路のみを用いて VN を再構成する場合と比較して迅速性が 4 倍となることがわかった。また、アトラクターの更新によって、より優れたVNに再構成されることを確認した。
時間変動の大きなトラヒックを収容する手法として、トラヒックの時間変動やネットワークの状態の変化に対して動的に経路や仮想ネットワークの構成、ネットワーク機能の配置を変更する手法の検討が進められている。従来、このような動的なネットワーク制御に関する研究は、現在のトラヒック状況を正確に把握できることや、将来のトラヒック状況の予測の精度が良いことを前提として進められてきた。しかしながら、将来のトラヒック状況を正確に予測することは困難であるといった問題や、大規模なネットワークを制御する際には、ネットワーク全体にわたる正確なトラヒック状況を短周期で把握することは困難であるといった問題が発生し、制御に必要な情報を正確かつ完全に把握することは難しい。
この問題に対して、本研究では、各時刻において不正確・不完全な情報しか観測できない場合であっても、将来のネットワークの状況の予測、予測に基づいたネットワーク制御を行う手法の開発に取り組んでいる。本研究では、上記の目標に対して、脳の情報処理機構に基づいた手法を検討している。脳の情報処理機構の特徴として、単に知覚情報から外部の状態を推定するのみならず、その推定状態にもとづいて目標に近づくために行動するといったフィードバックを行うことがあげられる。このとき、目標に対する行動決定はあらかじめなされている訳ではなく、行動の結果を再び観測することにより、逐次フィードバックを行う。これにより、毎回得られる観測情報は不完全であり、目標も不明確であるにも関わらず、脳は行動を制御している。
提案手法では、このような脳の情報処理機構に基づき、ネットワーク内から得られる不完全な観測結果をもとに、ネットワークの状態を把握し、将来のネットワークの状況を予測、ネットワークの制御方法を決定する。さらに、ネットワークの制御への影響を考慮して、次に観測すべきトラヒックを決める。この制御ループを繰り返すことにより、各時刻に観測可能な情報が不完全であっても、ネットワーク制御への影響が大きい箇所を集中的に観測することができ、輻輳を回避した、適切な状態へとネットワークを制御することが可能となる。
本研究では、シミュレーションにより本手法の評価を行い、各時刻において、ネットワーク内の一部のトラヒック状況しか収集できない状況においても、輻輳を回避した経路を設定可能であることを示している。
ストリーミング配信や、クラウドサービス等のインターネットを介したサービスの普及に伴うトラヒックの増加により、ネットワークにおける消費電力の増加は大きな課題となっており、ネットワークの消費電力を削減する手法の検討が進められている。ネットワークの消費電力を削減する手法では、ネットワークを流れるトラヒック量が時間帯により大きく異なることから、各時間帯において必要な通信性能を確保するのに必要十分なネットワークを構築し、不要なネットワークの機器やサーバをスリープさせる。これによって、通信量が多く、少数のネットワーク機器では十分な性能を確保することができない場合は、多数のネットワーク機器を動作させることにより十分な処理性能を確保し、逆に、通信量が少ない時間帯には、多くの機器をスリープさせることによって低消費電力化が可能となる。
従来、ネットワーク低消費電力化手法の検討では、性能と消費電力のトレードオフに焦点があてられており、信頼性の確保については考慮されてこなかった。しかしながら、現実のネットワークサービスでは、故障が発生した際にも、故障発生により性能低下する時間を一定以下とすることが求められる。
そこで、本研究では、短時間のトラヒック変動や故障などの環境変動に追随して、十分な通信性能、信頼性の確保と低消費電力化の3つの目的を達成するネットワーク制御手法を確立する。ネットワークの制御を行うにあたり、耐故障性を確保しようとすればオンになるノードやリンクが増加するため消費電力は増加し、性能を確保しようとしても消費電力は増加する。本研究では、これらの指標をすべて考慮した制御を実現する手法として、パレート最適解の集合(パレートフロント)を求め、そのうち、必要な性能・信頼性の制約を満たす解をネットワークに投入することにより、性能・信頼性の要件を満たす範囲内で、消費電力を最小化する。
本制御をネットワーク内の環境変動に追随して行うためには、パレートフロントの計算も環境変動に追随して行うことが必要となる。そこで、本研究では、パレートフロントの計算を高速に行う手法を検討する。本手法では、前の時刻のパレートフロントと、様々なネットワーク構成に進化する可能性の高い解を組み合わせた集合を初期解とし、進化計算により、現在の環境に合わせたパレートフロントを探索する。これにより、少ないステップで適切なパレートフロントにたどり着くことができ、高速なパレートフロントの取得が可能となる。
本研究では、提案手法をシミュレーションにより評価を行った。評価の結果、提案手法を用いることにより、環境変動に追随し、性能・信頼性の要件を満たしつつ、トラヒックが少ない時間帯であれば、全機器稼働状態の39%までネットワークの消費電力を低減することができることを示した。
近年、動画像ストリーミングサービスにおいて、ユーザのQoEを向上するようなビットレート選択を行う手法の研究が行われている。ビットレートの選択において、ユーザのQoEを利用するためには、そのユーザ個人に適したQoEの測定が実時間で行えることが必要である。しかしながら、従来用いられているQoEの測定方法の多くは、通信品質のみに基づいてユーザのQoEを推定するもの、あるいはユーザにアンケートを取り、ユーザ自身が知覚したQoEを自己申告したデータを後に利用するというものであり、ユーザの個人差や実時間での測定という要件を満たしてはいない。我々はこれまでにパブリックEEGデータセットを元にサポートベクターマシンと遺伝的アルゴリズムを組み合わせ、ユーザ自身のEEGデータから感情推定を行う手法を提案した。さらに、動画視聴中のユーザのEEGデータの収集実験を行い、上記手法を用いてQoEの推定を行なった。QoEは感情推定において分類対象となる喜怒哀楽といった強い感情に比べると分類すべき状態同士の差異が小さく、分類が困難となると考えられる。実際、感情のパブリックデータを用いた場合の精度と比較して、QoEの推定結果は低い値となった。実験により収集したEEGデータを用いて分類モデルを学習した結果、3クラスのQoE分類を平均40.9%で実現できることを示した。
あらゆる情報に通信ネットワークを介して享受できる時代が近づく中、ユーザやサービス提供者の求める様々な品質要求に対して、柔軟に対応できるネットワークの実現が望まれている。しかしながら、ネットワークの大規模化やアプリケーションの多様化によって、従来のようにネットワークから必要な情報を収集し、最適化を図る方法では対応が困難な状況が増加している。時々刻々と変化するネットワークの情報を取得し、その情報に基づいて最適な制御を決定して、ネットワークに与えるまでに、ネットワークの状況が変動している可能性が増すためである。そこで、ネットワークから観測した情報が、時空間的に不十分なものであったとしても、うまく対応できる制御手法が必要となる。本研究では不確かな観測情報に基づく脳内の情報認知を模したベイジアンアトラクターモデルを動画像ストリーミングのレート制御手法に応用することでユーザQoE の向上可能であること、LPWAネットワークにおける無線チャネル割当制御手法に応用することで、スループットの向上が可能であることを示した。
ネットワーク仮想化などユーザの需要に合わせて柔軟な制御が可能となり始めた今日では、ユーザが体感するサービス品質(QoE; Quality of Experience)を考慮した制御が望まれている。このようなユーザ QoEのモデル化に関する研究は、従来進められてきたものの、ユーザの心理的効果によってQoEに影響を及ぼすため、従来のモデルではモデル化が困難な状況が生じる。一方で、人の認知状態及び意思決定を表現するモデルとして、近年、量子意思決定が注目され始めており、これは、従来の認知モデルでは表現が困難な、人の心理的効果も含めたモデルとなっている。本研究では、この量子意思決定を用いて、ユーザの振る舞いをモデル化し、認知バイアスの影響下でも正しい選択に誘導する補正アルゴリズムを提案した。また、アルゴリズムをMPEG-DASH 環境化で実装し、本手法により認知バイアスによる誤った画質選択が減少し、動画再生の停止が少ない視聴をユーザに提供可能であることを示した。