SDI仮想化基盤により仮想ネットワークの即時提供や要求の変更への迅速な対応が期待される。しかし、SDI仮想化基盤の構築に向けてはいくつかの課題が残されている。一つ目に、仮想ネットワーク要求の到着、要求の変動への即応が求められる。SDIではソフトウェアAPIを通してサービス要求を受け付けるため、細かい時間粒度での要求変動が起こることが想定される。従来の長期観測に基づく最適化アプローチによる資源割当方式は、細かい時間粒度の変動へ対応しようとするものではなく、従来方式ではソフトウェア化される迅速な手続きに適さない。また、制御コントローラが多重スライスの一元管理を行うため、多重される仮想網数が増大しネットワークが大規模化する状況においては、莫大なネットワーク情報をコントローラに収集する必要がある。その結果、制御コントローラへの負荷が増大し、制御メッセージが帯域を圧迫することによる通信遅延の増大がボトルネックになりネットワーク管理が破綻する恐れがある。二つ目に、大幅な要求変化や環境変化に対する適応を図る必要もある。近年、フラッシュクラウドなどと称される急激にデマンドが大幅増加する現象が発生しており、SDI運用においても、サービスの多様化や、接続端末の多様化、接続端末数の増加が見込まれ、そのような変動へ備える必要がある。そこでも、仮想ネットワーク制御による適応を試みるが、場当たり的な物理資源設計では、物理資源容量の制約が仮想ネットワーク制御を阻害し、急激な変化を吸収することが困難となる。
本研究では、上記の課題を解決することで、急激な要求変動や状況変化に対応可能なSDI基盤の設計制御方針を検討した。下記論文では、まず、生物の進化適応性に関する知見をネットワーク資源設計に応用する事前検証として、IP-over-WDMネットワークにおいて生物の進化モデルに着想を得たポート数増強手法を提案し、トラヒックデマンドの変動強度に依らず、より多くのトラヒック変動パターンに対して仮想網制御により平均リンク利用率を小さく抑えられる効果を示している。さらに、生物のゆらぎ原理にもとづく仮想網埋め込み (VNE) 制御手法を提案し、仮想ネットワーク要求のトポロジー変更や資源要求量の変動に対して、即座に遅延要件を満たす仮想網配置を導出することを示している。最後に、進化可能性を高める物理資源設計手法を提案している。提案手法は、生物の進化可能性に関する知見に着想を得てVNE解の多様性を測る指標を定義し、VNE制御が構築できるVNE解の多様性を高めるように物理資源増強を施す。提案した計算資源増強を施す効果として、ゆらぎ原理に基づくVNE制御手法が発見できるVNE解の多様性が増し、多様なデマンド変動に対してVNE制御の制御成功率が向上することを示している。
通信ネットワークへの接続者数の増加に伴い、通信サービスが多様かつ動的なものとなっている。この状況に対処する方策として、ネットワーク機能の構成を動的に変更可能にする仮想化技術である Network Function Virtualization(NFV)技術が広く注目を集めている。ユーザの動的な処理要求変更に対応するためには、VNFをどのように配置するのかを、時々刻々と変化するネットワークに適応できるように、動的に解く必要がある。このような動的VNF配置問題においては、配置状態を各要求に対して適したものとすることに加え、処理要求変化後のVM再構成操作などの、動的配置に必要なコストを抑制する必要がある。本研究では生物進化の知見を利用することでこの問題を解決した。生物は、環境変動の中で進化する中で、各目標へ遺伝的に適応し、最終的に少しの構造変更で目標変動に適応できる構造を獲得する。本研究では環境変動に対する生物の進化適応の概念を導入した遺伝的アルゴリズムであるMVG を動的VNF 配置問題に応用した Evolvable VNF Placement(EvoVNFP)を提案した。提案手法では、既存の進化的アルゴリズムと比較して、短い計算時間によって解を得ることが可能であり、動的な要求変動にも追随して制御を行うことが可能であることを示した。
近年、IoT (Internet of Things)の進展を背景に数多くの新しいアプリケーションやサービスが登場し情報ネットワークは急激に変化している。新しいアプリケーションやサービスの例として、カメラやセンサーなどを搭載したエンド端末において取得された情報を、別拠点のデータセンターで処理し、結果をエンド端末へ提示するサービスが考えられている。しかし、エンド端末とデータセンターが地理的に離れることや、大量のデータがデータセンターに集中することで、遅延が増大する。このような問題に対応すべく、ネットワークそのものに柔軟性を持たせる一つの方法としてネットワーク機能仮想化 (NFV: Network Functions Virtualization)が期待されている。さらには、ネットワーク機能だけではなくアプリケーション機能を仮想化してモバイルエッジに配置し、地理的な遅延の解消および負荷の分散によるアプリケーションやサービスに対する応答性向上を期待するエッジコンピューティング (EC: Edge Compu-ting)の導入が進められている。エッジコンピューティングによって応答性向上が期待される一方で、仮想化環境でのソフトウェア動作による処理速度の低下が懸念される。本研究では、MEC環境で発生するアプリケーションレベルの遅延と発生要因を解明に取り組んだ。実機環境として、OpenStackおよび Amazon Web Serviceを使用してMEC環境を構築し、リアルタイム処理を伴う映像のライブストリーミングサービスを動作させる。アプリケーションレベルの遅延を計測し詳細に分析した結果、映像の低遅延ライブストリーミングのためには、伝搬遅延が小さいことに加えジッターの発生を抑えることが重要であることが明らかになった。さらに、この分析結果に基づいてサービス機能再配置手法を考案した。この手法では、ジッター増加の尺度としてエッジサーバのCPU負荷を使用する。実機実験の結果、考案した手法によって、アプリケーションレベルの遅延を400ms未満に維持し、ビデオの品質を良好に維持することができた。
また、最近では、仮想現実 (VR: Virtual Reality) 技術や 複合現実 (MR: Mixed Reality) 技術が発展し、これらの技術を用いて臨場感のある体験を提供するネットワークサービスが展開されつつある。しかし、仮想現実技術や複合現実技術を用いたネットワークサービスでは、ユーザが一方的に音声や映像などの体験を享受するサービスと比べて、ネットワークの遅延やパケットロスの増大に対するユーザ体感品質の変化が大きくなる可能性がある。そこで、仮想現実技術/複合現実技術とエッジコンピューティングを組み合わせたアプリケーションとして、局所的に取得される実世界の情報を局所的に統合・処理を行いつつ遠隔地のロボットへ情報伝達を行い、ユーザに対して新たな臨場体験を提供するアプリケーションを考案し、エッジコンピューティングの導入によるユーザの体感品質の向上性を検証した。検証の結果、遅延が720 [ms]から920 [ms]の間でユーザの体感品質が急激に悪化するため、クラウドコンピューティング環境で約1秒の遅延が発生するサービス環境では、エッジコンピューティングの導入によりユーザの体感品質が向上する見込みがあることが明らかとなった。さらに、作成したアプリケーションを、ららぽーとEXPOCITYで開催された大阪大学共創Dayで展示し、来訪者に体験してもらった。
Network Function Virtualization (NFV) やマッシュアップWebサービスなどのネットワークシステムにおいては、実行環境の構成要素である汎用サーバ上に複数のサービスや機能を配置し、実行する。その分散配置されたサーバに、どのサービスや機能を配置するか、及び配置された各サービスや機能にどう資源を割り当て実行するかを各サーバで自律的に決定することは、物理的に広い範囲のネットワーク環境や、サーバ障害や環境変動の発生時においても、システムの冗長性や成長性を保ちながらシステム全体を制御できる。また、遺伝子ネットワークや化学反応等の生化学における特性である自己組織性や堅牢性を情報ネットワークアーキテクチャへ応用する検討が活発に行われている。
本研究では、化学反応式を利用した空間拡散モデルに基づいて、上記のようなネットワークサービスにおいて、提供するサービスや機能を適切な場所で実行し、サーバ資源をそれらで効率よく共有する手法を提案している。提案手法では、提案システムをNFVを実現するために適用することを考え、NFVにおけるサービスチェイニング、Virtualized Network Function (VNF)のサーバへの配置、フロー経路の決定などを行うための化学反応式を構築し、その有効性を様々なアプリケーションシナリオに基づくコンピュータシミュレーションによって確認した。
さらに、提案手法をNFV環境実現のためのオープンソースプロジェクトであるOPNFV上に実装するためのデザインを示し、特に、サービスチェイニングの実装デザインである Network Service Header (NSH) の具体的な実現方法を提案した。
ネットワークの高速化やクラウド技術の進展を背景に、ネットワークを利用する様々なアプリケーション・サービスが登場しており、最近では、企業等が抱える情報処理をAPI化やデータ提供そのものをAPI化し、APIを用いてサービスを連結し新たな価値を生み出すAPI エコノミーが注目されている。本研究では、APIエコノミーにおけるプラットフォーム提供者の事業戦略の1つとしてAPIの評価者の取り込みに着目し、サービス提供者・コンシューマー・API評価者からなる多面的市場のモデル化に取り組み、モデルを用いてプラットフォーム提供者によるAPI評価者取り込みの効果が得られる成立条件とプラットフォーム提供者の最適戦略を明らかにした。プラットフォーム提供者・サービス提供者・コンシューマー・API評価者の3グループ間の相互作用を規定し、API評価者がAPIエコノミーにもたらす効用を分析した結果、API評価者を取り込むことにより、市場の参画人数が1.0~1.5%し、プラットフォーム効用が1.0%~2.6%増加することがわかった。さらに、参画人数増加の効用をプラットフォーム使用料に価格転嫁することで、プラットフォーム効用が約4.8%増加することも明らかとなった。
近年、動画像ストリーミングサービスにおいて、ユーザのQoEを向上するようなビットレート選択を行う手法の研究が行われている。ビットレートの選択において、ユーザのQoEを利用するためには、そのユーザ個人に適したQoEの測定が実時間で行えることが必要である。しかしながら、従来用いられているQoEの測定方法の多くは、通信品質のみに基づいてユーザのQoEを推定するもの、あるいはユーザにアンケートを取り、ユーザ自身が知覚したQoEを自己申告したデータを後に利用するというものであり、ユーザの個人差や実時間での測定という要件を満たしてはいない。我々はこれまでにパブリックEEGデータセットを元にサポートベクターマシンと遺伝的アルゴリズムを組み合わせ、ユーザ自身のEEGデータから感情推定を行う手法を提案した。さらに、動画視聴中のユーザのEEGデータの収集実験を行い、上記手法を用いてQoEの推定を行なった。QoEは感情推定において分類対象となる喜怒哀楽といった強い感情に比べると分類すべき状態同士の差異が小さく、分類が困難となると考えられる。実際、感情のパブリックデータを用いた場合の精度と比較して、QoEの推定結果は低い値となった。実験により収集したEEGデータを用いて分類モデルを学習した結果、3クラスのQoE分類を平均40.9%で実現できることを示した。
あらゆる情報に通信ネットワークを介して享受できる時代が近づく中、ユーザやサービス提供者の求める様々な品質要求に対して、柔軟に対応できるネットワークの実現が望まれている。しかしながら、ネットワークの大規模化やアプリケーションの多様化によって、従来のようにネットワークから必要な情報を収集し、最適化を図る方法では対応が困難な状況が増加している。時々刻々と変化するネットワークの情報を取得し、その情報に基づいて最適な制御を決定して、ネットワークに与えるまでに、ネットワークの状況が変動している可能性が増すためである。そこで、ネットワークから観測した情報が、時空間的に不十分なものであったとしても、うまく対応できる制御手法が必要となる。本研究では不確かな観測情報に基づく脳内の情報認知を模したベイジアンアトラクターモデルを動画像ストリーミングのレート制御手法に応用することでユーザQoE の向上可能であること、LPWAネットワークにおける無線チャネル割当制御手法に応用することで、スループットの向上が可能であることを示した。
ネットワーク仮想化などユーザの需要に合わせて柔軟な制御が可能となり始めた今日では、ユーザが体感するサービス品質(QoE; Quality of Experience)を考慮した制御が望まれている。このようなユーザ QoEのモデル化に関する研究は、従来進められてきたものの、ユーザの心理的効果によってQoEに影響を及ぼすため、従来のモデルではモデル化が困難な状況が生じる。一方で、人の認知状態及び意思決定を表現するモデルとして、近年、量子意思決定が注目され始めており、これは、従来の認知モデルでは表現が困難な、人の心理的効果も含めたモデルとなっている。本研究では、この量子意思決定を用いて、ユーザの振る舞いをモデル化し、認知バイアスの影響下でも正しい選択に誘導する補正アルゴリズムを提案した。また、アルゴリズムをMPEG-DASH 環境化で実装し、本手法により認知バイアスによる誤った画質選択が減少し、動画再生の停止が少ない視聴をユーザに提供可能であることを示した。