モバイルアドホックネットワークアーキテクチャに関する研究

無線技術の進歩に伴い,無線端末が自律分散的にネットワークを構成するアドホックネットワークが実用化され,その適用範囲が広がりつつある.また,アドホックネットワークの端末にセンサ機能を搭載することにより,マルチポイントの環境情報をセンシングできるセンサネットワークが実現可能となってきている.本研究テーマでは,アドホックネットワークを実現するためのプロトコルの設計・性能評価,およびセンサネットワークの性能評価に着目した研究を行なっている.アドホックネットワークに関しては,有線ネットワークの相互接続の観点から,TCPによる通信を重視している.そこで,特に生存時間の短いTCPコネクションに対して,ルーティングのためのオーバーヘッドを小さくすることを目指したプロトコルであるLHRを提案する.また,アドホックネットワークではTCPの性能が非常に劣化してしまうという問題があるが,それを解決しスループットをできるだけ向上させるためのデータリンク層の制御方法について研究を行なっている.さらに,センサネットワークに関しては,ネットワーク設計の際に必要となる基礎データとして,クロスボー社のMOTEを用いた実際の利用環境の下での通信実験を行ない,消費電力と通信距離の関係をモデル化した.

生存時間の短いTCPコネクションのための低遅延ルーティングプロトコルに関する研究

従来のアドホックネットワークTCP通信の性能向上に関する研究の多くは,TCPコネクションが永続的なものであることを仮定していた.しかし実際には多くのTCPコネクションの生存時間は短く,永続的なコネクションのみを仮定することは不適切である.短いTCPコネクションにおいては,アドホックネットワークにおけるルーティングの遅延時間が無視できないほど長いものとなる.本研究で我々は,生存時間の短いTCPコネクションが多数存在するアドホックネットワークに適した,新たなルーティングプロトコル,LHR (Low-latency Hybrid Routing)を提案する.シミュレーションによる評価の結果,LHRは既存のルーティングプロトコルよりも多くのコネクションを,短時間に処理できることが明らかとなった.

[関連発表論文]

アドホックネットワークの性能向上に関する研究(富士電機社との共同研究)

フレキシブル無線ネットワーク(FRN)はアドホック無線ネットワークシステムを使った製品の一つであり,パケット伝送誤りに対してデータリンク層の再送機構を備えた独自のプロトコルを実装している.本研究では,データリンクプロトコルとルーティングプロトコルを実装したシミュレーションによって性能を評価し,その基本的な特性を明らかにする.その過程において見つかった,システムの性能を劣化させてしまうプロトコル上の問題点に対して,いくつかの手法を提案した.それらを実装したシミュレーションを用いた比較を行い,提案手法によってスループットやパケット損失率が改善されることを確かめた.

[関連発表論文]

アドホックネットワーク上のTCPの性能向上に関する研究

FRNのようなアドホックネットワークにおいてTCPによる通信を行なった場合,同じ無線チャネル上でデータとACKのパケットが逆方向に送信される.そのため,パケットが頻繁に衝突し,スループットが大きく低下してしまう.このようなパケットの衝突を防ぐために,中間ノードにおいてデータとACKのパケットを結合し同時に送信することで,無線帯域を効率よく利用することができる.シミュレーションで様々なトポロジーで評価した結果,我々の提案手法を用いることで最大 60% のスループット向上が得られることが分かった.また,データリンク層でホップごとの再送確認を行なうようなシステムでは,受領確認の喪失によってパケットの複製が発生する.TCPはこのようなパケットの複製による負荷の変化を想定していないため,TCPの輻輳制御機構だけでは性能劣化を抑えることができない.そこで本研究では,データリンク層での再送間隔をノードの負荷に応じて制御する手法を提案する.シミュレーションによる性能評価を行った結果,提案する手法によってTCPのスループットが最大16%改善し,また無線回線の伝送誤りによるパケット損失が発生する場合にも効果があることが示された.

[関連発表論文]

無線センサネットワークにおける実測に基づいた電力消費モデルの確立

センサネットワークでは,各無線端末は小容量のバッテリにより駆動されるため,消費電力を抑えてネットワークの稼働時間を延ばすことが重要である.従来の研究では,送信時の消費電力は通信距離のnセンサネットワーク純なモデルに基づいて,解析的な性能評価が行なわれてきた.しかし,実際の消費電力は,ハードウェアの構成やデータリンク層プロトコルに依存し,通信距離に関してもきわめて複雑な挙動を示すことが明らかになっている.そこで本研究では,クロスボー社のセンサネットワーク評価キットであるMOTEを用いてさまざまな環境での通信実験を行い,送信電力やパケットサイズを変化させた場合のパケット損失率を測定することで通信距離に関する特性を調べた.その結果,同じ送信電力でも通信距離は必ずしも一定にはならず,周囲の環境の影響を大きく受けることが明らかとなった.また,送受信の際の消費電力の変化を実測することで,MOTEにおける送信電力や通信距離に関して消費電力を定式化した消費電力モデルを導出した.さらに,その消費電力モデルと実測した通信距離特性に基づいて検討を行った結果,MOTEでは送信電力の設定値が小さい場合には送信時の消費電力がアイドル時の消費電力より少なくなるという特色があるため,送信電力はできる限り小さくした方がネットワーク全体の消費電力を抑えることができることが明らかとなった.

[関連発表論文]

CDMAセルラーネットワークにおけるソフトハンドオフの影響に関する研究

CDMA方式では,端末が複数の基地局と同時に接続するソフトハンドオフが可能であり,ハードハンドオフのような通信の瞬断を避けるなどの利点がある.その一方で,ソフトハンドオフによる干渉電力の増加や,ネットワークの有線部分の負荷の増大の影響を考慮する必要がある.本研究では,CDMA上でのデータ通信を対象とし,ソフトハンドオフがTCPのスループットに与える影響を明らかにした.シミュレーションにより,ネットワーク負荷などのパラメータに応じて,最適なソフトハンドオフマージンを調べた.また,端末がランダムに移動しハンドオフを繰り返す場合には,ソフトハンドオフによってコネクションの切断を避ける効果があることを示した.

[関連発表論文]