2013年度 研究成果報告書

Advanced Network Architecture Research Group

3. 次世代サービスネットワークアーキテクチャに関する研究

3.1 オーバレイネットワークアーキテクチャに関する研究

3.1.1 オーバレイネットワークにおけるネットワーク性能計測手法に関する研究

オーバレイネットワークはIP ネットワーク上に論理的に構築されたネットワークであるため,性能の維持,向上のためには定期的にオーバレイパスの資源情報を計測によって得る必要がある.オーバレイネットワークの構築に必要な情報を得る手法は数多く提案されているが,その多くは小規模なオーバレイネットワークを対象としており,全てのオーバレイノード間の経路を計測する手法である.このような手法ではオーバレイノード数の2乗の計測コストが必要であり,オーバレイノード数が増加した場合には計測に必要なコストの増加が問題となる.

このようなオーバレイネットワークにおける計測においては,計測経路数を削減する,あるいは,スーパーノードを設置してオーバレイネットワークの全ての経路情報を収集し,完全スケジューリングによって計測の衝突を回避する手法が提案されている.これに対し本研究では,スーパーノードを使用せず,かつ,IP ネットワークの完全なトポロジー情報を必要としない,オーバレイネットワーク計測手法を提案した.具体的には,個々のオーバレイノードが自身を始点とするオーバレイパスの計測タイミングを決定し,計測衝突を回避する.

提案手法は,個々のオーバレイノードが他のオーバレイノードまでのアンダーレイ経路情報を取得し,他のオーバレイノードと経路情報を交換することにより,自身を始点とする経路と,他のオーバレイノードを始点とするパスの経路重複の状態を推定する.1 つのオーバレイノードを始点とする複数のパスは,逐次的に計測を行うことで,計測衝突を回避する.一方,始点が異なる経路は,始点オーバレイノードがランダムに計測タイミングを決定することで,衝突を確率的に回避する.性能評価の結果,従来の完全スケジューリング型の計測手法に比べて高い計測頻度を達成し,かつ,計測重複を効率的に回避できることを明らかにした.また,利用可能帯域の計測精度を下げることなく,計測オーバヘッドを削減できること,また,アンダーレイネットワークの故障を従来手法に比べて短い時間で検出できることを明らかにした.

さらに本研究では,オーバレイパスの重複した部分の計測を行わず,重複部分の計測結果を合成することにより,オーバレイネットワーク全体の性能を推定する,計測結果の空間的合成手法を提案した.この手法は,オーバレイネットワーク全体のパスの情報を得る完全性を維持しつつ,パスの計測数を削減することができるが,計測結果の空間的合成によって得られた推定結果と実際の計測結果との間の誤差,つまり推定精度が問題となる.そのため,本研究では,PlanetLab上における計測結果を用いた,パケット廃棄率の計測結果の空間的合成手法の精度評価を行った.また,推定精度を向上させるための計測結果のデータ処理手法を提案した.

精度評価の結果,PlanetLab環境における,実際のパケット廃棄率の計測結果と,空間的合成手法によって得られた推定値との平均対数誤差は約0.4であることがわかった.また,パケット廃棄率の計測においては,オーバレイノード処理負荷が原因となり,計測開始後の数秒間にパケットが全く届かないことがあり,そのような計測結果を削除した上で統合手法を適用することによって,推定精度が向上することがわかった.さらに,パケット廃棄率の計測結果に対し,統計的検定を適用し,外れ値を除去することにより,平均対数誤差を最大で36%改善できることを示した.


[関連発表論文]
  • Dinh Tien Hoang, Go Hasegawa and Masayuki Murata, “Spatial and temporal solutions for fault di-agnosis in large-scale network systems,” submitted for publication, November 2013.
  • Dinh Tien Hoang, Go Hasegawa and Masayuki Murata, “A distributed mechanism for probing overlay path bandwidth using local information exchange,” to appear in IEICE Transactions on Communications, vol. E97-B, May 2014.
  • Dinh Tien Hoang, Go Hasegawa and Masayuki Murata, “A distributed measurement method exploiting path overlapping in large scale network systems,” in Proceedings of the 1st Workshop on Large Scale Network Measurements (31st NMRG meeting), (Zurich, Switzerland), October 2013.
  • Dinh Tien Hoang, Go Hasegawa and Masayuki Murata, “Monitoring available bandwidth in overlay networks using local information exchange,” in Proceedings of the 2013 Australasian Telecommuni-cation Networks and Applications Conference (ATNAC 2013), (Christchurch, New Zealand), pp. 172-177, November 2013.
  • Dinh Tien Hoang, Go Hasegawa and Masayuki Murata, “A distributed method for measuring available bandwidth in overlay networks exploiting path overlap,” 電子情報通信学会技術研究報告 (NS2013-71), vol. 113, pp. 1-6, September 2013.
  • 飯島 優介, 長谷川 剛, 村田 正幸, “オーバレイネットワークにおける空間的合成に基づくパケット廃棄率計測手法の精度向上,” 電子情報通信学会技術研究報告, March 2014.
  • Tien Hoang Dinh, Distributed Solution Approaches for Large-scale Network Measurement Exploiting Local Information Exchange. Ph. D thesis, Graduate School of Engineering, Osaka University, January 2014.
  • Yusuke Iijima, “Measuring packet loss ratio on overlay networks based on spatial composition,” Mas-ter’s thesis, Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University, February 2014.

3.1.2 ネットワークパスの複数区間の利用可能帯域の同時計測に関する研究

エンド端末間におけるデータ転送の際に,パスの利用可能帯域を指標として用いることで,輻輳の検知,通信レートの制御,オーバレイネットワークにおけるトポロジー制御,経路制御やマルチパス転送などの様々なネットワーク制御が可能となる.そのため,エンド端末間パスの利用可能帯域を計測することは重要である.従来の端末間パスの利用可能帯域の計測技術は,ボトルネック区間の利用可能帯域の値のみを把握することができるが,一方,ボトルネック区間そのものの特定やエンド端末間パスの複数箇所の利用可能帯域の計測を行うことはできない.しかし,たとえば無線ネットワークと有線ネットワークなどネットワーク特性が異なる区間がエンド端末間パス上に混在している場合に,それぞれのネットワークの利用可能帯域の計測が可能となれば,無線ネットワークなどパケット誤りの多い環境に応じて通信レートを低く設定するなどの,ネットワーク環境に応じた制御を行うことができる.

そこで本研究では,エンド端末間のパス上における複数かつ任意の区間における利用可能帯域を同時に計測する手法について検討し,その有効性をシミュレーション及び実機実験によって検証した.従来の利用可能帯域の計測手法は送信端末が受信端末に向けて計測用パケットを送る際に,パケットの送信間隔を様々に変化させ,受信端末における受信間隔を観察することで利用可能帯域を計測する.そこで,提案手法においては,パケットの送信間隔の制御方法を改善し,かつ,エンド端末間パス上のルータにおいて記録されるパケットの送受信時刻を利用することによって,端末間のパス上における任意の区間の利用可能帯域を計測する.提案方式の性能評価は,簡易的なシミュレーションによって行った.その結果,送信端末に近いネットワーク区間より,受信端末に近いネットワーク区間の利用可能帯域が大きい場合においても,それぞれの区間の利用可能帯域を計測することが可能であることを確認した.また,実機実験によっても,シミュレーション結果と同等の計測精度が得られることを確認した.


[関連発表論文]
  • 鯉谷 和正, 長谷川 剛, 村田 正幸, “ネットワークパス上の複数区間の利用可能帯域計測手法,” 電子情報通信学会技術研究報告 (NS2013-117), vol. 113, pp. 11-16, November 2013.
  • 森本 顕, 長谷川 剛, 村田 正幸, “エンド端末間パスにおける複数区間の利用可能帯域計測手法の実験評価,” 電子情報通信学会技術研究報告, vol. 113, March 2014.
  • 森本 顕, “ エンド端末間パスにおける複数区間の利用可能帯域計測手法の実験評価,” 大阪大学基礎工学部情報科学科特別研究報告, February 2014.

3.1.3 大規模ネットワーク障害に対応可能なオーバレイルーティング手法に関する研究

地震,風水害,テロなどの大規模災害に対するコンピュータネットワークの対策に関しては未だ体系的に議論されておらず,災害発生時においてもネットワークの十分な信頼性を確保することは難しい.通常,高信頼なネットワークは冗長性に優れた構成を組むことにより実現されるが,インターネットにおけるIPルーティングプロトコルでの転送経路切替方法では短時間での切替は困難である.また,IP層の機能強化を行う場合にも,共通基盤に新しい機能を付加することにより,それに付随する制御が種々派生し,その複雑さによってアーキテクチャの破綻を招く恐れがある.オーバレイネットワーク技術を用いてそのような新機能を実現する手法が多数提案されているが,そのような仮想ネットワークにおける障害回復手法には,これまでには想定されなかったような同時発生する複数障害への対応が求められる.

そこで本研究では,オーバレイネットワークの経路重複が原因となり,アンダーレイネットワークの少数リンクの障害が,オーバレイネットワークにおける大規模同時障害を引き起こす問題に着目し,上記手法をそのような同時発生障害に対応させるための障害用トポロジー構築手法を提案した.提案手法は,それぞれのオーバレイノードが,自身を含む障害に対応するトポロジーを作成し,それらを適宜集約することによって,1つのトポロジー群を構築する.数値計算による性能評価の結果,アンダーレイネットワーク全体の25%のリンク障害発生時に,経路長をほとんど増加させることなく,到達性を51%から97%に回復できることがわかった.


[関連発表論文]
  • Takuro Horie and Go Hasegawa and Masayuki Murata, “Proactive recovery from multiple failures utilizing overlay networking technique,” Telecommunication Systems Journal, vol. 52, pp. 1001-1019, February 2013.

3.1.4 オーバレイルーティングによって増加する ISP 間トランジットコストの削減に関する研究

オーバレイルーティングはオーバレイネットワークを用いたアプリケーション層で動作する経路制御技術であり,遅延時間や利用可能帯域などの指標を用いて経路を選択することで,ユーザが体感できる性能が向上することが知られている.一方で,IP 層で行なわれる経路制御とのポリシの違いにより,ISP のコスト構造に悪影響を与えることが考えられる.ISP によって提供される IP ルーティングは,一般に隣接 ISP とのリンクの使用にかかる金銭的コストを考慮して制御されている.対してオーバレイルーティングではエンド間の性能向上を目的として経路が選択されるため,オーバレイルーティングの利用によって通過するトランジットリンク数が増加し,ISP のトランジットコストが増大することが考えられる.

そこで本研究では,オーバレイルーティングによって増加する ISP 間のトランジットコストを削減する手法を提案した.提案手法では,経路上のトランジットリンク数をトランジットコストの指標とし,オーバレイルーティングによる性能向上を維持しつつ,トランジットコストを抑える経路を選択する.実ネットワークの計測データを用いた評価により,提案手法を用いたオーバレイルーティングが,通過するトランジットリンクの数を削減しつつ,トランジットリンクの制限を行わない場合のオーバレイルーティングと同等の性能向上を得られていることを示した.

また,このようなアプリケーション層において他エンドホストを経由するような経路をエンド間のネットワーク性能を指標として選択する際に,各々のエンドユーザが独自に経路選択を行うと,経路の重複によるユーザ性能の低下や,利用するISP 間トランジットリンクが増加することによるISPのトランジットコスト増大が発生する点に着目し,新たなアプリケーション層経路制御手法の提案を行った.具体的には,まず,アプリケーション層における経路選択の最適化問題を定義し,これを焼きなまし法を用いて解くことにより,ユーザ性能の向上やトランジットコストの削減を実現する経路制御手法を集中処理,分散処理の2つの形で提案した.PlanetLabノード間で経路制御を行うことを想定して,提案手法の性能評価を行った結果,大幅なネットワーク性能の向上が得られ,特に利用可能帯域においては平均で84% の性能向上が得られることを示した.

さらに,近年提案されている新たな経路制御手法であるContent-Centric Networking (CCN)のキャッシュをルータ間で共有することで,ISPのトランジットコストを削減する手法を提案,評価した.提案手法では,CCN ルータ間で互いにキャッシュを利用し,お互いにキャッシュするコンテンツの重複を排除する.これにより限られたメモリ容量を有効利用してキャッシュヒット率を高め,トランジットコストを大きく削減する.実際の商用ISP のネットワークトポロジーを利用したシミュレーション評価により,提案手法が通常のCCN と比べ,トランジットトラヒック量を最大で28% 削減できることをした.


[関連発表論文]
  • Kazuhito Matsuda, Go Hasegawa, Masayuki Murata, “An Application-Level Routing Method with Transit Cost Reduction Based on a Distributed Heuristic Algorithm,” IEICE Transactions on Commu-nications, vol. 96-B, no. 6, pp. 1481-1491, June 2013.
  • Kazuhito Matsuda and Go Hasegawa and Masayuki Murata, “Cooperative cache sharing among ISPs for reducing inter-ISP transit cost in content-centric networking,” in Proceedings of ICOIN 2014, February 2014.

3.2 Webベースサービスアーキテクチャに関する研究

3.2.1 生物ネットワーク特性に基づくサービスアーキテクチャに関する研究

近年,生物ネットワークの特性を情報ネットワークアーキテクチャに適用する研究が行われている.例えば,アドホックネットワークにおける,アリの習性を利用した経路制御手法に関する研究などがある.しかし,それらの研究の多くは,ネットワーク層あるいはそれより下位層のプロトコルやアーキテクチャに着目している.上位層プロトコルに関する研究例として,オーバレイネットワークにおいて,アトラクター選択モデルを用いた自己適応的経路制御手法などの提案が存在するが,その数は下位層プロトコルへの適用例と比較しても少なく,アプリケーションサービスそのものに対する適用例は稀である.したがって,よりユーザに近いアプリケーションサービスに対して,生物ネットワークの特性を適用することにより,情報システム全体の頑強性を確保することは重要であると考えられる.

そこで本研究では,生物ネットワークの縮退特性を応用した,情報ネットワークシステムにおける頑強な冗長化手法を提案した.提案手法は,従来の冗長化手法に見られる1 対1 あるいは1 対多の冗長化や,同一の機能群を実現可能な機器を複数準備する多対多の冗長化ではなく,システム全体として必要となる冗長資源を保持するために,限られた機能群を実現できる機器を多数用意し,それらが実現できる機能に部分的な重複関係を持たせることにより,システム全体で多対多の冗長化を実現する.本研究においては,このような冗長化手法を適用可能な情報ネットワークシステムの例を挙げるとともに,シミュレーション評価によってその有効性を明らかにする.データセンターにおける仮想マシン配置問題に本提案手法を適用し,シミュレーションによって性能評価を行った結果,単純な冗長化を行う手法に比べて,提案手法に基づく情報ネットワークシステムが高い頑強性を持つことを示した.また,単純な冗長化手法に比べて,同等の頑強性を維持しつつ,最大75%の冗長資源を削減できることを示した.


[関連発表論文]
  • 長谷川 剛, 村田 正幸, “生物ネットワークの縮退特性に基づくシステム冗長化方式における自律的障害回復手法,” 電子情報通信学会技術研究報告 (NS2013-7), vol. 113, pp. 31-36, April 2013.
  • 添 亮太, 長谷川 剛, 村田 正幸, “生物ネットワークの縮退特性を応用したデータセンターの仮想マシン配置における頑強な冗長化手法,” 電子情報通信学会技術研究報告, vol. 113, March 2014.
  • 添 亮太, “生物の縮退特性によるロバスト性を利用したデータセンターの低消費電力化のための仮想マシン配置手法,” 大阪大学基礎工学部情報科学科特別研究報告, February 2014.

3.2.2 リアルタイムWeb技術に基づくHEMSのASPサービス化に関する研究

家電機器の省電力化の分野においてHEMS (Home Energy Management System)が省エネ化の一つのキー技術として注目されており,HEMSに用いられるプロトコルとして,日本ではECHONET,ECHONET Liteの検討及び普及促進が図られている.現在HEMSはHAN (Home Area Network)内に閉じたシステムとして実装されているが,コストの低減を図るための方法として,家電製品をWoT (Web of Things) 化し,HEMS をクラウド型ASPサービスとして提供することが考えられる.

そこで本研究では,Websocket技術を用いたクラウド型HEMSを実サーバ上に構築し,多数の家庭を収容するクラウド型HEMSにおいて,電力使用に制限が行われるような状況を想定した実験を行い,サーバの応答時間の評価を行った.その結果,HEMS サーバが収容する家庭数の増加に応じて,サーバのメモリ使用量がほぼ直線的に増加することが分かった.また,CPU 使用率やサーバの応答時間は,サーバが用いるCPU コア数によって不規則な変化をし,マルチコアCPU を用いたプロセス処理がサーバの応答時間などに影響することがわかった.


[関連発表論文]
  • 童 チイリン, 長谷川 剛, 村田 正幸, 松岡 茂登, “Web-socket 技術を用いて ASP サービス化した HEMS の性能評価,” 電子情報通信学会技術研究報告 (NS2013-192), vol. 113, pp. 91-96, March 2014.
  • 童 チイリン, “Web-socket 技術を用いたクラウド型エネルギー管理システムの性能評価,” 大阪大学基礎工学部情報科学科特別研究報告, February 2014. ?