本研究グループの目指すところ
「高品質インターネットの実現に向けた技術課題」

現状のインターネットは、ユーザの我慢の上に成り立っているといっても過言ではない。データ系通信サービスの通信保証技術に関する議論もあるが、データ系の通信保証は原理的に不可能である。例えば、「ユーザに対して64Kbpsを保証する」といった場合、アクセス回線のみを保証し、その先は当然のことながら何も保証されない、半ば詐欺まがいのサービスも存在する。帯域保証を実現しようとすれば「呼損」の発生は避けられなくなり、データ系通信サービスと相容れないサービスが実現されてしまう。すなわち、データ系通信サービスにおいて通信品質を保証するという概念はそもそも存在しないと言える。最近のSLA (Service Level Agreement) の議論の中ではパケット遅延・棄却率などをQoS保証項目として挙げる例もあるが、パケット交換ネットワークでは原理的にパケット遅延・棄却率を保証する手段はない。また、高品質インターネットで目指すべきは、パケットレベルのQoS項目ではなく、ユーザレベルにおけるQoS、例えばWebのドキュメントダウンロード遅延などであり、それをいかに高速化していくかが高品質インターネットの実現に課せられた課題であろう。 以上に述べたような高品質インターネットを実現していくための技術課題として、本研究部門では、現在、以下の諸問題に取り組んでいる。

課題1:実時間マルチメディアQoS保証の実現

これまで実時間系QoS保証の実現については、RSVP (Resource Reservation Protocol)に基づく帯域予約のしくみが提案されてきた。しかし、一方でスケーラビリティの問題(コネクション数の増大に対してルータにおけるパケットスケジューリングアルゴリズムの複雑さが増すこと、地域的な拡がりに対してシグナリングトラヒックが増すこと)も指摘されている。おそらく、これらの問題により、RSVPベースのネットワークは限られた範囲で、高機能サービスが必要な場合には導入され、運用されていくことになろう。一方、実時間アプリケーションを、RSVPを利用せずに動作させる場合は、積極的な輻輳制御が必要になる。すなわち、エンドホストが輻輳制御を行うという現状のインターネットの基本理念を受け継いでいくためには、実時間トラヒックもTCPと同様の輻輳制御を行い、ネットワーク輻輳による破綻を防がねばならない。そのようなしくみの積極的な導入が今後必要である。

関連研究については「 統合化マルチメディアQoSアーキテクチャに関する研究 」参照。

課題2:バックボーンの高速化

次世代インターネットのインフラがWDM (Wavelength Division Multiplexing)ベースになることに疑問の余地はないが、その実現形態については今後、十分な検討が必要である。現状のようにIPルータ間をWDMで接続する場合、回線容量はWDMの波長分まちがいなく増大できるが、それはボトルネックが回線からIPルータに移行することを示しているに過ぎない。今後はIP over WDMネットワークに適したネットワーク形態を明らかにしていく必要があろう。また、IP、WDMネットワークそれぞれが有する機能をいかに分担していくかも重要な課題である。例えば、ネットワークの高信頼化を実現するために、IPの持つ経路制御、WDMのプロテクション制御を有機的に結合していく必要がある。

関連研究については「 高速パケットスイッチングアーキテクチャに関する研究 」、「 フォトニックネットワークアーキテクチャに関する研究 」参照。

課題3:パケット転送能力の高速化・高機能化

インターネットの急速な普及と、マルチメディアアプリケーションの増加により、より高速なパケット転送技術が要求されている。特に、光通信技術の導入が進めば、ボトルネックが回線からルータに移行するのは明らかである。ルータにおけるパケット転送能力を高めるためには、ルーティングテーブル検索技術向上の他、マルチプロセッサによる処理の最適化などを考慮した新しいパケット転送技術が必要となる。また、ネットワークの高度化に伴い、単なるレイヤ3スイッチングだけでなく、フローごとの識別とそれぞれのフローに適したパケット転送を行うレイヤ4スイッチング、さらにはより高位の処理を行うパケット転送がルータに要求されるようになる。

関連研究については「 統合化マルチメディアQoSアーキテクチャに関する研究 」、「 高速トランスポートアーキテクチャに関する研究 」、「 高速パケットスイッチングアーキテクチャに関する研究 」参照。

課題4:プロトコルの高速化

従来、プロトコルの高速化に関しては、プロトコル処理のハードウェア化やパラレル化、軽量プロトコルの実現、エラー制御と輻輳制御の分離などが盛んに議論されてきた。しかし、インターネットの普及により、独自プロトコルはもはや通用しない。すなわち、TCPの性能をいかに向上させるかが今後の課題になる。重要な点は、プロトコルマイグレーションをいかに確保するかである。例えば、TCP Vegasは新しいTCP版としてその性能は確かに向上しているが、現状で多く普及しているTCP Reno版と混在している場合にはその性能は急激に劣化する。今後のプロトコルの高速化における議論では、単に従来のTCP版に比較して向上しているかどうかではなく、プロトコルマイグレーションをいかに確保するかが重要であろう。

関連研究については「 ネットワークにおけるフィードバックメカニズムの解明に関する研究 」、「 高速トランスポートアーキテクチャに関する研究 」参照。

課題5:エンドホストの高速化

これまでのネットワークにおいては回線ボトルネック、あるいはルータボトルネックが問題となっていたが、それらは上記の課題を解決することによって回避できるであろう。しかし、ユーザに対する高品質な通信サービスを提供するためには、エンドホストの高速化も不可欠である。エンドホストの高速化は古くて新しい問題である。実際、これまでもエンドホストの高速化が試みられてきたが、TCP/IPネットワークにおけるエンドホストの高速化として新たに捉える必要がある。例えば、Webサーバからのドキュメントダウンロードの例では、サーバ処理時間がすでに20%程度以上を占めるようになってきており、その割合は今後ますます増加する傾向にあり、その高速化は今後の重要な課題である。

関連研究については「 高速トランスポートアーキテクチャに関する研究 」参照。

課題6:ネットワーク機能の再配分

これまでインターネットは、エンドホストによるプロトコル処理により、自律分散的なネットワーク制御を実現してきた。しかし、現在TCPにより実現されている輻輳制御は、本来ネットワーク制御機能であり、そのような役割分担が輻輳制御の高機能化を阻害しているとも言える。従って、今後、輻輳制御のネットワークにおけるサポートをいかに実現していくかが重要な課題のひとつであると言えよう。実際、RED、diff-serv、int-serv (RSVP)、ECN (Explicit Congestion Notification) などもこのような流れの一環として見ることができ、ネットワーク機能としてルータにおいてその実現が考えられている。ただし、過度の回帰はインターネットの自律分散というメリットをなくすため、その点を含めた検討が今後、重要である。

関連研究については「 統合化マルチメディアQoSアーキテクチャに関する研究 」、「 ネットワークにおけるフィードバックメカニズムの解明に関する研究 」、「 高速トランスポートアーキテクチャに関する研究 」、「 フォトニックネットワークアーキテクチャに関する研究 」節参照。

課題7:公平な通信サービスの実現

帯域をいかに公平に分配するかは、パケット交換ネットワークにおけるもっとも重要な機能のひとつである。しかし、残念ながら、TCPの輻輳制御のしくみは少なくとも短期的に見れば公平とはいえない。すなわち、いったんウィンドウサイズを下げるとなかなか大きくならないといった問題が発生する。特にRTTや回線容量の異なるユーザ間では本質的に不公平性を内包しており、そのためにはネットワークルータによる公平性向上のしくみが不可欠である。現状、例えばDRR (Deficit Round Robin) などが提案されているが、今後の更なる検討が必要である。また、TCPによる輻輳制御という枠組みは、バグ、コードの改変などによって輻輳制御を行わないようにすることも可能である。実際、そのようなホストの存在も指摘されており、それがユーザ間の「公平なサービス」を阻害している。また、それが「サービスの有料化」実現の障害ともなっている。そのため「公平なサービス」を実現するためのしくみが重要である。

関連研究については「 統合化マルチメディアQoSアーキテクチャに関する研究 」、「 高速トランスポートアーキテクチャに関する研究 」参照。

課題8:新しいネットワーク設計論の確立

電話網においては、ネットワークプロビジョニングに関する枠組みはすでに確立されている。これは、まず、目標呼損率から必要な回線容量を算出し、トラヒック測定によって、必要であれば回線増強を行うというフィードバックループによるものである。ただし、電話網の場合、(1)呼損率がユーザ品質として直結していること、(2)安定した成長のもとで過去の統計データによる将来予測が可能であること、(3)アーラン呼損式という基本的理論があること、(4)品質測定を行うことがすなわち呼損率を測ることであり、それは容易であること、などの理由により、パケット交換ネットワークと比較してQoS保証が容易であった。一方、インターネットにおいては、(1)ネットワーク観測によって得られる測定データはパケット単位のものであるため、それがユーザQoSと直結しないこと、(2)インターネットの急激な成長によりトラヒック予測が困難であること、(3)アーラン呼損式に対応する基礎理論が存在しないこと、などにより、ネットワークプロビジョニングの方法論が確立されていない。ネットワークトラヒック測定から統計分析、回線容量設計というフィードバックループを前提とした、新しいネットワーク設計論の確立が急務である。

関連研究については「 ネットワークにおけるフィードバックメカニズムの解明に関する研究 」、「 インターネットのトラヒック特性とその応用に関する研究 」参照

課題9:パケット交換ネットワークにおける基礎理論の確立

これまで長らく、パケット交換ネットワークの設計手法としてM/M/1パラダイム(待ち行列理論)が用いられてきた。しかしながら、待ち行列理論によって明らかになるのはルータにおけるパケット待ち時間や棄却率などである。しかし、データ系のQoSはルータにおけるパケット待ち時間では決してない。アーラン呼損式(すなわち、電話網)では呼損率が得られるが、これはユーザレベルQoSに直結した指標であり、それがアーラン呼損式に基づいた電話網のネットワーク設計を有効なものにしてきた。一方、パケット交換ネットワークにおいては、ルータでのパケットの振る舞いはTCP、すなわち、フィードバック系システムが上位レベルにあることを前提に考慮しなければならず、それがインターネットにおける待ち行列理論の適用を無意味なものにしている。また、ユーザレベルQoS項目としてパケットレベルの遅延や棄却率ではなく、アプリケーションレベルの性能指標が重要である。そのため、パケット交換ネットワークにおける基礎理論の再度の構築が必須である。その場合、TCPがフィードバックシステムであることを考えると、制御理論を適用した安定性、収束性に関する議論が有望である。

関連研究については「 ネットワークにおけるフィードバックメカニズムの解明に関する研究 」参照。

課題10:有線・無線統合網におけるデータ通信サービスの実現

無線ネットワーク技術と有線ネットワーク技術はおのおの独自の発展を遂げてきた。しかし、近年の無線技術の進展に伴って、無線ネットワークをラあああストホップとして、無線/有線ネットワークをいかにシームレスに統合するかが重要な課題になっている。そのため、まずは無線/有線を統合したシームレス通信を実現するためのネットワーク設計論の確立が急務の課題であろう。また、インターネットの発展に伴って、無線ネットワークにおけるデータ通信の実現方式もさらなる検討が必要になっている。

関連研究については「 有線・無線統合化通信アーキテクチャに関する研究 」参照。


なお、以上の議論の詳細については、以下の文献に述べられている。