Murata Lab. Advanced Network Architecture Research Laboratory 村田研究室

Research

現状のネットワークの問題点

インターネットに接続されているホスト数は現在,全世界で数億台に達するとも言われており,コンピュータの前にいながらにして世界中の情報が得られるようになっています.インターネットを支える通信技術は,エンドホストの間でパケットを誤りなく通信するための TCP (Transmission Control Protocol) と,パケットを送信ホストから受信ホストまで,ネットワーク内のルータを経由しつつ送り届ける IP (Internet Protocol) が中心になっています.言い換えれば,ネットワーク内では IP がエンドホスト間の接続性 (connectivity) を保証するだけで,ベストエフォートネットワーク (エンドホスト間でやりとりされるパケットをできる限りの努力で配送する) と呼ばれているゆえんになっています.

エンドホストの高速化,アプリケーションのマルチメディア化,高度化に伴って高まり続けるユーザのさまざまな通信品質 (QoS: Quality of Service) 要求を満たすためのしくみとして,インターネットの標準化団体である IETF において IntServ (Integrated Services) ネットワークが標準化され,将来のマルチメディアネットワークの基盤となることが期待されました.しかし,すぐにスケーラビリティおよび現行のネットワークからの移行 (Deployment) に関する問題が指摘されるようになりました.IntServ の反省に基づいて考案されたのが DiffServ (Differentiated Services) で,そこでは QoS 保証はあきらめ,QoS に関するコネクション間の差別化にとどめることにより,上述の2つの問題点は解決されたかに見えました.しかし,DiffServ アーキテクチャについてもいくつかの問題点が指摘されており,広く利用されるには至っていません.

上記2つのネットワークに共通する問題点は以下のようになります.IntServ では QoS 保証のために,送受信ホスト間のすべてのルータにおいてネットワーク資源を確保する必要があります.そのために,途中経路をあらかじめ決めておく必要があり,通信中にルータや回線の故障があるとそのしくみ自体が破綻します.これは DiffServ においても共通する問題です.特に,今後,モバイル通信技術が発展すると,たとえ故障が発生しなくとも,エンドホストの移動によって,エンドホスト間のネットワーク資源は半固定的に存在するという仮定自体が成立しなくなってしまいます.

一方,Web システムに代表されるサーバ主体のネットワークの持つシステムの脆弱性,スケーラビリティの欠如,サーバボトルネックによる性能限界などの問題を解決するものとして,エンドホスト間の直接的な通信によってサービスを実現する P2P (Peer-to-Peer) ネットワークが登場してきました.P2P ネットワークを導入し,サーバ主体の Web システムから脱却することによって,耐故障性やスケーラビリティを確保できること,サーバを介さない「中抜き」によってサーバやネットワークの初期導入コストや管理コストを削減できること,その結果,情報システムの運営者,管理者が不要になること,などが期待できます.また,サーバを介さず,ユーザがさまざまなコミュニティに属することができるようになるため,情報化時代における自律・分散・協調による主体的活動を促進できるようになります.

しかし,必要な情報を発見するためにネットワーク全体に問い合わせをフラッディングするピュア型 P2P と,メタ情報(情報そのものの所在を示す情報)を管理するサーバを導入することにより検索効率を向上するハイブリッド型 P2P の対比にみられるように,P2P ネットワークにおけるスケーラビリティと耐故障性,性能は相反の関係にあり,最終的な解決策はまだ得られていないのが現状です.

以上の例にみられるように,ネットワークにおける一つ一つの問題を解決するのは実はそんなに難しくありません.類似の問題は過去にも数多くあり,それを参考にすれば良いからです.ほんとうに難しい問題は,

  1. 現状におけるハードウェアやソフトウェア技術の限界を知り,また,将来にわたる技術限界を予測しつつ,
  2. 現状,および,将来にわたって必要とされるネットワークサービス像を明らかにした上で,
  3. 全体の調和を図るようなネットワークをデザインすること

です.

これがネットワークアーキテクチャであり,その構築を行うことがわれわれの研究グループの目指すところです.

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将来のネットワークの方向性

今後のネットワークアーキテクチャに必要とされるキーワードは,以下の3つと考えています.

  1. 拡張性(スケーラビリティ):インターネット利用人口の増加は言うまでもなく,センサ機器の増大,情報家電の普及など,インターネットに接続される情報機器端末の数は今後ますます増大します.また,それらの機器は当然,モバイル環境において利用されることが前提になります.その結果,ネットワーク資源の管理方法も当然変化せざるをえず,また,ルータ数やエンドホスト数,ユーザ数の増大に対応可能としておく必要があります.
  2. 多様性:ネットワーク技術はますます多様化しています.無線 LAN や第 4 世代 技術などによる無線回線,DSL や FTTH 技術などのアクセス回線,ギガビットイーサなどの LAN,光通信技術によるバックボーン回線など,さまざまな高速化技術が開発されつつあります.その結果,過去たびたび提唱がなされてきたような単一のネットワークアーキテクチャによる統合ネットワークはもはや存在しえず,その結果,安定した通信回線をエンド間で提供するような通信形態の実現もあり得ないということになります.また,情報機器・デバイスの多様性からネットワークに流入するトラヒックの特性はますます多様化します.
  3. 移動性:モバイル環境においては,利用者自身の移動を考慮しなければなりません.そのためには,柔軟なネットワーク制御が必要になります.さらに,通信相手となる他の利用者にとっては,ネットワーク資源そのものの移動や生成・消滅までもが頻繁に発生することを意味することになります.また,P2P ネットワークのように情報資源提供者がサーバではなく,ユーザである場合,コンピュータをネットワークから容易に切り離すことも考えられます.さらにモバイル環境では,ルータ自体が移動する可能性がでてきます.

以上 3 つのキーワードを前提とした場合,「すべてのユーザの通信要求を満たす」単一のネットワークアーキテクチャはもはや存在しえず,それよりも,エンドホストの適応性 (adaptability) 向上を根幹とし,ネットワークはそのような適応性をサポートするための機構を提供することを基本原理としていく必要があります.そのためには,ネットワークの状態を自律的に知る必要があり,ネットワーク計測技術を根幹したエンドホストの制御が必須になります.一方,ネットワークは,エンドホストの適応性を前提とした自律的分散的制御が重要になります.このような研究の方向性は,バックボーンのインフラストラクチャとなるフォトニックネットワークにおいても例外ではありません.インターネットはもともと分散指向といわれていますが,実際にはそうではありません.例えば,IP における経路制御においてもルータ間の協調は必要であり,集中処理をそれぞれのルータで行っているに過ぎません.それがネットワークの耐故障性を弱めることにつながっています.すなわち,分散処理指向をさらに推し進め,しかし,それによって損なわれるであろう資源利用の効率性の向上については,エンドホストの現状のネットワークの状態に対する適応性によって補償していく必要があります.その結果,今後も開発されていくであろう多様な通信技術に対応しながら,スケーラブルでかつ耐故障性に富んだネットワークが構築できるようになり,ユーザの多様な要求に対するサービスが提供できるようになると考えています.もちろん,そのためにはエンドホストの自律性がますます要求されるようになり,それを前提としてネットワーク全体の調和的な秩序が必要となります.実は,これは適応複雑系において議論されているところであり,それらの知見を活かしていく可能性も見えてきます.

インターネットにおいては "End-to-End Principle" が繰り返し強調されてきました.これは,

  • ネットワークは特定のアプリケーションに基づいて,あるいは,特定のアプリケーションのサポートを目的として構築してはならない.
  • エンドホストで実現できる機能はそのホストに任せ,関連するステート情報はそのホストにおいてのみ維持すべきである.

というものです.極論すれば,「通信機能はできるだけエンドノードにおいて実現し,ネットワークはビットを運ぶことに徹する」ということになります.この原則は "KISS: Keep it Simple, Stupid" とも呼ばれており,上述のネットワークは,インターネットの原点に戻り,それを一層推し進めようというものであると考えられます.

ネットワークの価値を示す有名な法則として "Metcalf's law" があります."The value of a network in-creases exponentially with the number of nodes." すなわち,ネットワークの価値はノード数(あるいは,ユーザ数)に対して指数的に増加するというものです.すべてのユーザが直接的に通信できる場合,N をユーザ数とすれば,ネットワークの価値 V(N)~ N2 ということになります.Web システムのクライアント/サーバモデルの発展によって,この法則が崩れつつありました.その方向性を再び変えようとしているのが P2P ネットワークともいえます.ところが,P2P ネットワークにおいても,そのピアの接続数を観察するとパワー則が観察され,複雑系の様相を呈していることがわかってきています.このような現象の原因を解明できれば,耐故障性と最適性や最適解への収束速度との関係が明らかにできると考えています.特に重要な点は,インターネットは他の複雑系と異なり,制御可能なものであるという点です.すなわち,インターネット自体が複雑系に関する巨大な実験場と見ることができます.パワー則はインターネットのトポロジーなどでも「発見」されており,それがなぜ現れるのか,適したネットワーク制御は何か,などを解明することができれば,得られた知見を他の複雑系に関する研究にフィードバックすることも将来的には可能であると考えています.

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先進ネットワークアーキテクチャ研究グループの研究テーマ

本研究グループでは,以上の考察のもと,以下の研究テーマを推進しています.

1) コンテンツセントリックネットワーク (CCN) に関する研究

1.1) CCNのハードウェア実装に関する研究
1.2) CCNの早期展開に関する研究
1.3) CCNにおけるコンテンツキャッシング機構に関する研究

2) IoT (Internet of Things)/M2M (Machine-to-Machine) ネットワークアーキテクチャに関する研究

2.1) センサーネットワークアーキテクチャに関する研究
2.2) モバイルアドホックネットワークアーキテクチャに関する研究

3) 次世代サービスネットワークアーキテクチャに関する研究

3.1) オーバレイネットワークアーキテクチャに関する研究
3.2) Webベースサービスアーキテクチャに関する研究

4) 次世代データセンターネットワークアーキテクチャに関する研究

4.1) データセンターにおける仮想化制御に関する研究
4.2) 光通信技術を用いたデータセンターネットワーク構成に関する研究
4.3) データセンターネットワークのチップ化に関する研究

5) 次世代トラヒックエンジニアリングに関する研究

5.1) トラヒックエンジニアリングによるネットワーク制御に関する研究
5.2) トラヒックエンジニアリングを目的としたトラヒック測定に関する研究

6) 次世代高速トランスポートプロトコルに関する研究

6.1) TCPの特性に基づくネットワークの性能評価手法に関する研究

7) 次世代ルーティングアーキテクチャに関する研究

7.1) IPv6ルーティングプロトコルに関する研究

8) 次世代フォトニックネットワークアーキテクチャに関する研究

8.1) ゆらぎ制御に基づく光パスネットワークに関する研究
8.2) 光パケット/パス統合ネットワークに関する研究

9) 脳や生体の頑強性や適応性に着想を得た情報ネットワークアーキテクチャの構築に関する研究

9.1) 自己組織型ネットワークアーキテクチャに関する研究
9.2) 自己組織化制御技術の確立
9.3) 複雑適応系としてのネットワークにおける制御技術の確立

なお,上記の議論,および個別の研究テーマの詳細については2016年度研究成果報告書を御覧ください

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