様々な生物の振る舞いを解析することで得られた数理モデルを情報通信分野に用いることで、環境適応力を有する通信制御手法へとつながることが期待されている。生物の振る舞いを知るためには生物の生態調査が必須であるが、中にはその発見が非常に困難な種もいる。本研究はニホンアマガエルの合唱行動に着目しており、①発生個体の位置推定、②発生情報を元にした合唱モデルの構築、③無線ネットワーク通信への応用、の3つの取り組みを行っている。カエルの合唱モデルに関して、従来短い周期では逆相同期を行うことが知られていたが、より長い周期に着目すると、群れ全体が合唱する状態と、鳴かずにいる状態が交互に現れる。さらにカエルには、メスに対する魅力の高い個体のそばで鳴かずに留まり、メスの横取りを狙うサテライトと呼ばれる行動が見られる。このような行動の数理モデル化を行い、カエルの行動の再現性を確認した。また、このモデルをLoRaネットワークにおけるカバレッジ制御へ応用することで、自律分散的にカバレッジ要求を満たしつつ、ネットワーク寿命の延長を実現できることを示した。
インターネットや移動体通信システムは、経済活動、社会活動、日常生活の基盤として不可欠なものとなっている。多種多様なサービスがこれらネットワークの上で稼働しており、ネットワークにおいては様々な環境変動が異なる時間粒度で発生する。我々は、環境適応性を有するネットワーク制御を実現するために、生物が進化の過程において環境に適応していく特徴に着目した。生物の進化の仕組みに倣った進化的アルゴリズムの例として、熱力学的遺伝アルゴリズム(TDGA)およびMap-Elitesアルゴリズムがある。これらのアルゴリズムは、進化における個体群の多様性を維持、増加するように設計されており、これらのアルゴリズムを、ネットワークにおける組み合わせ最適化問題に適用し、その有効性を検証した。具体的には、TDGAを用いたLoRaWANにおける拡散率割当手法の提案、Map-Elitesを用いた仮想ネットワーク埋め込み手法の提案を行い、計算機シミュレーションを通じて、これらの手法が、変動する環境下で通常の遺伝的アルゴリズムよりも高い適合度を達成できることを示した。
インターネットを利用したアプリケーションの多様化に伴い、ネットワーク資源を柔軟に割り当てるネットワーク仮想化技術が注目されている。ネットワーク仮想化において、仮想ネットワークの要求を物理ネットワークに適切にマッピングする仮想ネットワーク埋め込みが重要となる。一方で、最適化による解の計算には時間がかかるため、仮想及び物理ネットワークの環境変化時に埋め込みの再計算が問題となる。そこで、事前に複数の解候補を持っておき、状況に応じて解を切り替える方法が考えられるが、解候補自体の設計や更新が課題として残る。このような解候補と解選択の関係は生物進化における遺伝型と表現型の関係に類似しており、進化にヒントを得るのが近道である。本論文では、遺伝型と表現型の進化に基づいて解の候補自体も動的に更新可能な動的仮想ネットワーク埋め込み手法を提案する。本手法では、解の候補を遺伝型としてエンコードし、ノイズによる揺らぎを用いたアトラクター選択により表現型をデコードする。評価を通して、個体がアトラクター選択を行うことで、従来手法を用いる場合よりも、早く適切な解の発見に至ることを示した。
進化適応性を有する情報ネットワークの構築に向け、生物システムなどの自己組織的に動作するシステムにおいて外的要因の急激な変化に対して安定的に機能提供可能であることを説明するBow-Tie構造、Core-Periphery構造に着目した研究を進めている。Bow-Tie構造、Core-Periphery構造では、システム全体を、安定的かつ効率的に動作するCoreと外的要因の変化に応じて動作形態を変えるPeripheryの二つの要素で捉える。
本研究では、Core/Periphery構造の適用例として、ネットワーク型の複合現実サービスを設計、実装した。様々な種類のデバイスや、ユーザやデバイスが配置されている実環境に合わせて、ユーザの要求に対応するためにはどのような機能を開発すべきかを検討した。コア/ペリフェリー構造の柔軟性を活かすために、ユーザの要求や環境が変化しても振る舞いが変わらない機能をコア機能とし、ユーザの要求や環境が変化した場合に挙動が変わるものをペリフェリー機能とした。実験の結果、サービス応答時間の増加を31ms程度に抑制しながら、実装コストを削減できることが明らかとなった。この結果から、コア/ペリフェリー構造を利用することで、MEC環境でのサービス機能の適切な分割や機能配置を、サービスの応答性のペナルティを少なく抑えつつ、低コストで実現できることがわかった。さらに、遠隔ロボット間の情報共有に要するオーバーヘッドが削減されることも明らかになった。
将来の IoT アプリケーション等、通信の多様化が予想される中で、ネットワーク仮想化技術を用いて各アプリケーションに合わせた柔軟なネットワーク構築が望まれている。しかし、広域ネットワーク上にアプリケーションを展開する場合、すべてのトラフィック情報を収集することは困難である。そのため、データの不完全性やトラフィックの動的変化による情報の不確実性を考慮する必要がある。本研究グループでは、意思決定の際に不確実な情報を考慮したベイズ型アトラクターモデルに基づく仮想ネットワーク再構築手法を提案しているが、従来の手法では事前にアトラクターを設計する必要があり動的な環境下での運用に不利であった。本研究では、制御フィードバックを用いて、環境が変化したときに自動的にアトラクターを更新する手法を提案している。シミュレーションによる評価の結果、ノイズ耐性を維持したまま未知の状況にも対応できることが示された。
近年、動画ストリーミングサービスや遠隔Web会議システムの普及が急速に進んでいる。動画像を提供するサービスにおいては、ユーザQoEの向上が重要視されており、QoE向上を目的としたビットレート選択手法の研究が盛んに行われている。ビットレートの選択において、ユーザのQoEを利用するためには、そのユーザ個人に適したQoEの測定が実時間で行えることが必要である。しかしながら、従来用いられているQoEの測定方法の多くは、通信品質のみに基づいてユーザのQoEを推定するもの、あるいはユーザにアンケートを取り、ユーザ自身が知覚したQoEを自己申告したデータを後に利用するというものであり、ユーザの個人差を考慮しておらず、また実時間での測定という要件を満たしていない。我々は人の生体情報(脳波や視線、瞬目)を用いることで、QoEを推定する手法の実装を行ってきた。また、MPEG-DASHクライアント上で、推定したQoEを用いてビットレート選択を行う機能の実装を行い、生体情報から推定したQoEに基づきリアルタイムにビットレート選択を行うMPEG-DASHクライアントを実現した。
また、QoE はサービスに対してユーザの感じる主観的指標であるため、人の主観的な意思決定においてみられる認知バイアスの影響を受けると考えられる。認知バイアスの一つであるchoice-supportive バイアスに着目した実験を行い、この認知バイアスが動画視聴中のユーザに与える影響を明らかにした。特に、ユーザの意志が介在するビットレートの選択がQoEの向上に寄与することを示した。
ネットワーク仮想化などユーザの需要に合わせて柔軟な制御が可能となり始めた今日では、ユーザが体感するサービス品質(QoE; Quality of Experience)を考慮した制御が望まれている。このようなユーザ QoEのモデル化に関する研究は、従来進められてきたものの、ユーザの心理的効果によってQoEに影響を及ぼすため、従来のモデルではモデル化が困難な状況が生じる。一方で、人の認知状態及び意思決定を表現するモデルとして、近年、量子意思決定が注目され始めており、これは、従来の認知モデルでは表現が困難な、人の心理的効果も含めたモデルとなっている。本研究では、量子意思決定モデルにより動画視聴中のユーザのQoEのモデルを提案した。提案モデルでは、初頭効果および順序効果を状態の時間発展に統合し、データセットにおけるQoEの時間変動を再現可能であることを示した。また、心理効果を考慮したビットレート制御手法を設計し、被験者の代理としてQoEモデルを用いた動作検証により、提案手法を用いることで心理効果によるQoE低下を回避可能であることを示した。