ネットワークの大規模化、複雑化に伴い顕在化した問題を解決するため、生物の仕組みに着想を得た自己組織化の原理が注目を集めている。しかし、自己組織化の原理を応用した自己組織型システムは、システム全体の最適性が保証されない、機能創発に長い時間を要するという問題を有しており、ひいては環境変動への適応速度の遅さにつながっている。自己組織型システム本来の局所性を維持しつつ、変化し続けるネットワーク環境へと適応していくために、我々は管理型自己組織化制御に着目している。管理型自己組織化制御は、システムの外部に管理ノードを導入し、システム外部から観測および制御入力を与えることにより所望の状態へとシステムを誘導する制御技術である。本研究では、集中型の管理により実現する最適フィードバックメカニズムを、自己組織的な経路制御手法であるポテンシャルルーティングに組み込むことで、図に示すように、自己組織型制御の収束性を向上する手法を提案した。さらに、管理ノードによる情報収集コスト、計算コストを抑制するために、管理ノードの分散化も実現した。
自己組織型ネットワーク制御の頑健性は秩序化を促す秩序化エネルギーと乱雑化を促す乱雑化エネルギーによる影響を受けて決まる。自己組織型ネットワーク制御を設計する際には、想定するネットワーク変動の度合いに応じてどの程度の性能を発揮する必要があるか、という観点から両エネルギーのバランスを適切に設計する必要がある。我々は、熱力学における自由エネルギーの概念に着目し、ネットワークにおける自由エネルギーを定義した。自然界においては物質の両エネルギーのバランスが温度によって定まる。自由エネルギーの定義から導出されるネットワークの温度を用いることで、ネットワークシステムの頑健性を設計する方針について提案を行った。
また、具体的なネットワークシステムを用いた経路制御を対象として、自由エネルギーを用いた設計方針の検討を行った。
将来における無線センサーネットワークは、単に情報を収集するだけではなく、IoT (Internet of Things) に統合された情報基盤としてその重要性を増していくと考えられている。多様な通信要求に適切に応じるために、ネットワークの構造自体をどのように設計するべきかという観点から遅延時間や通信帯域、耐故障性といったネットワーク性能を向上することも重要な課題となる。そこで我々は、人間の脳ネットワークの構造に着目した。脳ネットワークは高い通信効率とロバスト性を有することが期待され、その特徴を有するネットワークトポロジーを構築する手法を提案する事により、これらの課題の解決を目指す。このようなトポロジー構築方法の応用先として、センサーネットワークにおいて有効となるトポロジー特性評価および仮想ネットワーク構築に取り組んだ。注目すべき点として、脳ネットワークが有する階層的なモジュール構造とスモールワールド性、特徴的な次数相関があり、これらの構造的特徴を導入したトポロジー構築方法の有効性をシミュレーション評価およびパーコレーション解析により示した。
様々な生物の振る舞いを解析することで得られた数理モデルを情報通信分野に用いることで、環境適応力を有する通信制御手法へとつながることが期待されている。生物の振る舞いを知るためには生物の生態調査が必須であるが、中にはその発見が非常に困難な種もいる。従来研究されてきた位置推定技術は推定対象が発信機や受信機を備えていることを想定しており、生物の位置推定にそのまま応用することは困難である。そこで本研究では生物の鳴き声を用いることで位置の推定を行う。カエルの位置推定を対象とし、信号到着時間差を用いた位置推定システムの実装を行い、その性能を評価した。また、屋外環境下における生物の鳴き声を対象とした音源位置推定手法の実装を、無線センサーノードを用いて行う際には様々な問題が付随した。以下の関連発表文献においては、これらの知見についても言及している。静かな野外環境における単一音源の位置推定実験では、実装したシステムの位置推定誤差が20 cm 以下であることを示した。
センサーネットワークの主な課題の一つに、消費電力の抑制がある。センサーネットワークの省電力化において、無線通信による電力消費を抑えることが重要である。定期的なメンテナンスを期待できない環境でバッテリーによって駆動するセンサーノードにとって、限られた電力資源を有効に活用しネットワークの稼働時間を延ばすためには、無線通信による電力消費を抑える事が重要となる。
本研究では、無線センサーネットワークにおける、消費電力を考慮した情報散布手法を提案した。提案手法は、フラッディング手法を基にした情報散布を行う。フラッディング手法は、新しい情報を受信したノードは、その情報を全ての隣接ノードへブロードキャスする一方、既に取得済みの情報を受信したノードは何も行わない。提案手法では、無線によりメッセージを受信したときの受信電力を用いて、メッセージのブロードキャスト時刻を制御する。一般的に、受信ノードから遠くのノードが送信された無線の電波ほど、伝搬損失のために、受信電力は小さくなる。このことを利用して、提案手法では、新しいメッセージを受信してブロードキャストするまでに、再度同じメッセージを受信した場合、ブロードキャストを取りやめる。これによって、提案手法は、送信ノードからより遠くにある受信ノードが、先にメッセージをブロードキャストする機会を持つことで、少ないブロードキャスト回数で情報を散布させることができる。
シミュレーションによる評価の結果、提案手法は、送信の際に、より大きな電力を用いて無線の送信距離を増加させることで、情報散布率が高い領域を広くすることができること、また、このときのネットワーク全体の消費電力量の増加が小さいことを示した。さらに、ノードをランダム配置したシミュレーションを行い、提案手法は、正方格子上に配置した場合と同様の性質を示すことを明らかにした。
無線センサーネットワーク技術の発展にともない、産業ネットワークなどの高信頼かつリアルタイム性が要求されるアプリケーションに対する無線センサーネットワークの利用が進められている。そのような要求を満たすセンサーネットワーク技術として、ISA 100.11a、WirelessHART や IEEE 802.15.4eなどの無線通信規格が標準化されてきた。しかし、アプリケーションによって要求される品質(パケット廃棄率や遅延など)を保証するための、具体的なスケジューリング方式は課題として残されていた。パケット廃棄率の改善にはパケット再送が有効であるものの、再送用のタイムスロット数が増加する。その結果、遅延要求に関する制約のもとでは、収容可能なセンサーノード数が制限される。そこで本研究においては、複数のフロー間で再送用のタイムスロットを共有することによって、少数のタイムスロット数で要求品質を保証するスケジューリング方式を提案する。具体的には、提案方式は、まず収集したリンクのパケット廃棄率に基づきフロー毎にエンド間のパケット廃棄率を求め、エンド間遅延制約のもとで再送用タイムスロットを共有するフローの集合を求める。次に提案方式は、フロー集合単位でリンクに対してタイムスロットを割り当てる。
高パケット廃棄率かつ多数のノードで構成される無線センサーネットワークを想定したシミュレーション評価により、アプリケーションの要求するエンド間のパケットロス率および遅延を満たしながら、提案方式は、従来方式と比べてフレーム長を最大70%削減できることを示した。
マシンツーマシン (M2M) 技術の発展と普及にともない、携帯電話よりも遥かに多いM2M端末がモバイルコアネットワークに接続されるようになると考えられる。M2M端末間の通信量や通信頻度は携帯電話より小さい一方で携帯電話と同様の管理コストが生じるため、大量のM2M端末を収容するためには多大なコスト増が発生する。そこで、現状の3GPP EPSアーキテクチャにおいて、より多くのM2M端末を収容すると同時に管理コストを削減するために、ユーザ端末の移動に関する管理機能(MME)をモバイルコアネットワーク内のサーバに分散する分散移動管理アーキテクチャが検討されている。
本研究では、バイルコアネットワーク内のサーバ(PGW、SGW、eNB)で仮想的な移動管理機能(ADMME)が動作しているアーキテクチャを対象に、M2M端末を含む様々なユーザ端末の特性(移動特性、位置、通信頻度など)やサーバの負荷状態の動的な変化に対して、適応的に適切なサーバを選択することのできる自律分散型のADMME選択手法を提案する。具体的には、提案手法では、ユーザ端末(UE)との遅延情報とサーバの負荷情報にもとづいてアクティビティと呼ばれる最適化指標を定義し、生物システムの環境適応メカニズムの数理モデルであるアトラクター選択モデルを応用することによって、ユーザ端末からのリクエストを受信したADMMEが、アクティビティが最大になるようなADMMEを自律的に選択し、ユーザ端末の管理を移譲する。
現実のモバイルコアネットワークにおけるサーバ構成やユーザ端末数ならびにその移動モデルの想定にもとづいてシミュレーション評価を行った結果、提案手法によって端末の移動特性に応じた適切なADMMEが選択されることによって、小さい応答時間とともにサーバ間負荷分散を達成できることが示された。
携帯電話加入者数の増加や高機能なスマートフォン等の普及により、3G やLTE などのモバイルネットワークにおいて、ユーザプレーンとコントロールプレーンの双方において発生する輻輳への対応が課題となっている。特にコントロールプレーンの輻輳については、新たな需要拡大を伴う通信形態であるMachine-to-Machine (M2M) 通信による影響が大きいと指摘されている。M2M通信は、通信するデータ量そのものは多くはないが、端末数が膨大になるとされており、その通信特性は大きく異なる。そのため、M2M 通信を行う端末(以下では、M2M端末と呼ぶ)を従来の携帯電話端末と同じ方式でモバイルネットワークに接続すると、特にコントロールプレーンの輻輳が悪化すると考えられる。スマートフォンのようなユーザ端末のトラヒックはユーザの端末操作に応じて発生し、遅延時間に対する要求条件も厳しいため、輻輳解消のための制御は不向きである。一方、M2M 端末が発生させる通信は一般的に機械に組み込まれることが多く、端末数が非常に多く、間欠的であり、遅延時間に対する制約はユーザ端末に比べると緩い。このような特性を持ったトラヒックに関して、制御の効果を生み出しやすいことが期待される。
そこで本研究では、モバイルコアネットワークの負荷を軽減するための通信集約手法に着目し、通信集約の際のパラメータを決定するために、通信集約がモバイルネットワークの負荷やM2M 通信の特性に与える影響を明らかにした。具体的には、端末側のシステムインテグレータで集約を行う場合やネットワークにおいて集約を行う場合等の集約箇所の違いや、集約の度合が性能に与える影響を数学的に解析し、集約によって軽減されるモバイルネットワークの処理負荷や、M2M 通信に新たに発生する遅延時間の特性を評価する。評価の結果、S-GWで集約を行うことで、集約による遅延時間の発生を抑えながら、M2M端末の収容効率を約30%改善できることを明らかにした。
さらに、モバイルコアネットワークのデータプレーンとコントロールプレーンを分離し、一方、あるいは双方をクラウド環境へ設置するネットワークアーキテクチャに着目し、その効果を数学的解析手法によって明らかにした。その結果、仮想化によって容易となるコアノードへの柔軟な資源割当により、M2M 端末の収容可能台数が約30%増加することを明らかにする。さらに、通信集約手法を組み合わせることで、その効果が最大で124%に拡大することを示した。また、シグナリング処理の負荷量を、ソフトウェアのソースコード量から推定することによって、ノード負荷をより正確に導出した場合においても、同様の効果が得られることを確認した。
スマートフォンのアプリケーションの動作はアプリケーション開発者に委ねられているため、各アプリケーションが生成するトラヒックは、従来のフィーチャフォンの音声やキャリアが提供するi-mode 等のサービスが生成するトラヒックとは異なり、アプリケーションはサービスプロバイダのサーバとつながって様々なトラヒックを発生させ、事前に見積もるのは困難である。これら個々のトラヒックがネットワーク内で多重化された場合には、ランダムなトラヒックではなく、固有なトラヒックパターンを発生させ、場合によって急激なトラヒックの変動が発生する。また、アプリケーションとサーバとの通信が頻発すると、ネットワーク内の制御サーバとスマートフォンとの制御信号のやりとりが増大し、制御サーバに過大な負荷を与える。この様なスマートフォンアプリケーションによるネットワークへのインパクトを、アプリケーションが普及する前に算出できれば、アプリケーション普及前に対策を講じることが可能となる。
そこで本研究では、スマートフォン上の多様なアプリケーションと通信パターンについての調査を行うため、多くのスマートフォンを収容するネットワークでのキャプチャ結果をアプリケーションごとのパケットに分類する手法の検討を行った。検討した手法は、まず、スマートフォンアプリケーションのプログラムを解析し、通信するサーバのホスト名に対応する文字列を抽出する。一方、スマートフォンを収容するネットワークにおいて、スマートフォンのパケットをキャプチャし、スマートフォン毎にキャプチャデータを分類する。これには、スマートフォン毎のIP アドレスを用いる。その後、予め生成しておいたアプリケーションごとの宛先ホスト名に一致するパケットを抽出することで、アプリケーションごとのパケットに分類する。複数の実アプリケーションを用いて検証を行った結果、多くのアプリケーションについて高い適合率と再現率が得られることがわかった。