光伝送技術の発展には目覚しいものがあり、WDM(波長分割多重)伝送技術やデジタルコヒーレント光伝送技術によってネットワークの回線容量は爆発的に増大してきた。しかし、光伝送技術とネットワーキング技術はおのおの別個の歴史を持ち、インターネットに適した光通信技術の適用形態については明らかになっていないのが現状である。短期的には、高性能・高信頼光パスネットワークがその中心技術になると考えられ、長期的な解としてはフォトニックネットワーク独自の通信技術を用いた大規模かつ分散制御型の光パスネットワークや光パケットスイッチネットワーク、光パスネットワークと光パケットスイッチネットワークを統合した適用形態も十分に考えられる。本研究テーマでは、これらの点に着目した研究を進めている。
P2Pネットワーク、VoIP、動画配信サービスなどの新たなサービスが登場し、ネットワーク上でのトラヒックの変化は大きくなっている。これまで、トラヒック量を既知として効率良く収容するための論理トポロジー制御手法に関する研究が数多くなされているが、トラヒックの変化に対して適応的に論理トポロジーを制御することが重要である。本研究では、ネットワーク性能の最適化のみではなく、環境の変化に対する適応性を備えたネットワーク制御手法として、局所的な情報交換によって予測困難な環境変化に適応する振る舞いにもとづいた論理トポロジー制御の確立に取り組んでいる。これまでに、生物が予測困難な環境変化に適応する振る舞いをモデル化したアトラクター選択に注目し、トラヒック変動に対する適応性を備えた論理トポロジー制御手法を提案し、シミュレーション評価および実機評価によりトラヒックの変動に対して早く反応し、その変化に適応することを示している。しかし、上記の研究においては、ランダムに構成された論理トポロジーを候補としてアトラクターとしていた。
そこで、アトラクター選択にもとづくVNT制御において解発見までの時間の更なる削減を目的とし、アトラクター集合の更新手法を提案している。提案手法では、トラヒック需要の情報を用いてオフライン計算による評価によって、今現在の環境に対して不適切なアトラクターを一時的に除外し、環境に適したアトラクターをアトラクター集合に動的に組み入れる。計算機シミュレーションの評価の結果、既存の手法により選定されたアトラクターのみを用いる場合と比較して、提案手法では制御成功率が最大約40%改善され、制御に要する時間が最大約70%削減されることがわかった。
生物システムは、環境変動に対して安定して機能する頑強性と環境が大きく変動した際に自身の状態を大きく変える可塑性を備えていることが知られている。本研究では、頑強性や可塑性を備えた生物システムの進化適応を参考に、適応性や拡張性の高い情報ネットワークの構築手法を検討している。下記論文では、フォトニックインターネットを対象として、トラヒック需要増大に伴う物理設備量の増強を環境変動の1つとして捉え、様々な環境変動に対する進化適応性を備えた物理ネットワークを構築するためのネットワーク設備増強手法を提案している。提案手法では、頑強性と可塑性を備えた生物の進化を説明する数理モデルを導入し、ポート数増強の指針を得る。可塑性を備えた物理トポロジーを構築することで、設定できるVNT の多様性が増し、アトラクター選択にもとづくVNT 制御による将来の環境変動に対する適応性が更に向上すると期待される。提案するポート追加位置決定手法では、ポート追加の候補となる1つのノードに暫定的にポートを追加して得られる物理ネットワーク上で、生物の進化モデルを応用したダイナミクスに従いVNT 制御を行い、システムの適応性を試算する。これをポート追加の候補となるノードそれぞれに対して行うことで、もっとも進化適応性が高まるポート追加位置1 箇所を決定する。その過程を繰り返すADD アルゴリズムによって、ポートを追加する。計算機シミュレーションによる評価では、ヒューリスティックなVNT 設計手法であるI-MLTDA を用いて現在のトラヒック需要に最適な位置にポート追加を行う手法と比較した。12 ノード規模のネットワークを対象に計算機シミュレーションを行った結果、提案手法は比較手法と比べて適応可能な通信量が約8%増加することが明らかとなった。
エラスティック光ネットワークは、従来のWDMネットワークと比較して、光パスに割り当てる帯域幅(光スペクトル資源)の粒度が小さく、資源の利用効率が高い利点がある。この利点を活かしつつ、今後も増大・変動することが予想されるIPトラヒックをエラスティック光ネットワークに収容するためには、仮想網制御アプローチが必須である。しかし、どのような仮想網を構築すべきかを含めた仮想網制御手法の検討は十分になされてきていない。そこで本研究では、エラスティック光ネットワークにおける仮想網制御手法を提案している。提案手法では、生物が未知の環境変化に適応する振る舞いをモデル化した、アトラクター選択モデルを応用し、現在のトラヒックの収容効率と使用資源数の削減を両立する仮想網を構築する。また、取得した各光パスのリンク利用率をもとに、各光パスの帯域幅の調整を行う。計算機シミュレーションによる評価により、提案手法は、使用資源数を抑えつつ、現在のトラヒックを収容できる仮想網を構築できることを示した。
アトラクター選択モデルにもとづく仮想ネットワーク再構成手法は、対地間トラヒックマトリクスの情報を用いることなく良好な性能を得る仮想ネットワークに再構成する。しかし、アトラクター選択モデルにもとづく手法には、ノイズ的振る舞いが含まれるため、仮想ネットワークを過度に再構成し、その結果、仮想ネットワークの利用者が享受する通信品質が不安定となる恐れがある。
この課題を解決するため、ベイズ推定にもとづく仮想ネットワーク再構成フレームワークの研究に取り組んでいる。イズ推定にもとづく仮想ネットワーク再構成フレームワークの基本的なアイディアは、特定のトラヒック状況に対して良好な性能を示す仮想ネットワークを複数記憶しておき、ベイズ推定もとづいて現在のトラヒック状況を同定し、同定したトラヒック状況に適した仮想ネットワークを設定することである。トラヒック状況を表す情報として、対地間トラヒックマトリクスよりも容易に取得可能なエッジルーターにおけるトラヒック流出入量を用いている。また、同定したトラヒック状況に適した仮想ネットワークが現在のトラヒック状況に適さない場合に備え、ノイズを用いた仮想ネットワーク再構成手法を提案フレームワークに組み入れている。計算機シミュレーションを用いた評価の結果、提案手法は対地間トラヒックマトリクスよりも容易に取得可能なエッジルーターにおけるトラヒック流出入量を用いてトラヒック状況を同定可能であり、現在のトラヒック状況に適した仮想ネットワークを構成するまでの再構成の回数を削減可能であることがわかった。