様々な生物の振る舞いを解析することで得られた数理モデルを情報通信分野に用いることで、環境適応力を有する通信制御手法へとつながることが期待されている。生物の振る舞いを知るためには生物の生態調査が必須であるが、中にはその発見が非常に困難な種もいる。本研究はニホンアマガエルの合唱行動に着目しており、①発生個体の位置推定、②発生情報を元にした合唱モデルの構築、③無線ネットワーク通信への応用、の三点を行っている。位置推定については、カエルの鳴き声を用いることで位置の推定を行う。生物調査の観点では、実環境下での個体の観察も重要であり、我々は既存の位置推定手法を拡張し、精度を落とさずに計算時間を削減する方法を提案し、実装を行った。位置の推定は2段階の推定で実現している。まず録音した音声データ 0.5 秒ごとにマイクへの信号到達角度の推定を行い、この推定角度を用いて位置の推定を行う。周囲に障害物のない環境において、単一音源の位置推定実験を行い、5m×15 mの領域内では平均誤差が0.60 m 以下で位置の推定が可能であることを示した。推定に要する計算時間については、0.5秒よりも十分小さいことを確認した。
進化適応性を有する情報ネットワークの構築に向け、生物システムなどの自己組織的に動作するシステムにおいて外的要因の急激な変化に対して安定的に機能提供可能であることを説明するBow-Tie構造、Core-Periphery構造に着目した研究を進めている。Bow-Tie構造、Core-Periphery構造では、システム全体を、安定的かつ効率的に動作するCoreと外的要因の変化に応じて動作形態を変えるPeripheryの二つの要素で捉える。
本研究では、NFVに着目し、そのネットワーク機能(VNF)の設計・配置にCore/Periphery構造を取り入れる効果を評価した。NFV は、VNFを接続することで様々なアプリケーションサービスを提供可能なシステムであり、既存のVNFを用いて新たなサービス要求を収容することで、追加のVNF開発コストを抑えることが期待される。しかしながら、事前に多くのVNFを用意するとNFVのシステムコストの増加に繋がる。一方で、事前に用意するVNFが少ないと、将来のサービス要求収容に際した追加のVNF開発コストが増加する。したがって、現在および将来のサービス要求を低コストで収容可能なNFVシステムのソフトウェア設計が重要となる。以下の論文では、まず、新たなサービス要求を収容する際のVNF開発コストを削減可能な設計方針としてCPBD (Core/Periphery Based Design)を導入した。CPBDでは、コアVNFを事前に開発し、現在および将来のサービス要求の収容に繰り替えし用いられる。また、ペリフェリーVNFがそれぞれのサービス要求専用に開発され、コアVNFのみでは対応できない機能を担う。評価の結果、CPBDは、コアVNFを用いない設計方針と比べて、長期的なVNF開発コストを約23% 削減することを示した。次に、CPBDに適切なVNFの配置方針を検討した。CPBDにおけるコアVNFの配置方針が異なるCLCP (Center-Located Core/Periphery placement) policyおよび GDCP (Geographically-Distributed Core/Periphery placement) policyを考案し、長期的なNFVのシステムコストを比較評価した。リソース制約がない場合、CLCPおよびGDCPは、コアVNFを考慮せずに配置する既存のVNF配置アルゴリズムの結果と比べ、長期的なコストを約 15.83% 削減することを確認した。さらに、VNF実行時のコンピューティングリソースや帯域リソースの制約がある場合、GDCPはCLCPと比べ約11.10%のコストを削減可能であることを示した。
上記のCore/Periphery構造の適用例として、ネットワーク型の複合現実サービスを設計、実装した。ネットワーク型の複合現実サービスでは、ユーザの要求や環境が変化しても振る舞いが変わらない機能をコア機能とし、ユーザの要求や環境が変化した場合に挙動が変わるものをペリフェリー機能としている。実験の結果、サービス応答時間の増加を31ms程度に抑制しながら、実装コストおよび遠隔ロボット間の情報共有のオーバーヘッドを削減できることが明らかとなった。
我々の研究グループでは、対地間トラヒックマトリクスの情報を用いない手法として、人間の認知・意思決定の振る舞いをモデル化したベイジアンアトラクターモデル(BAM) を応用したVN 再構成手法を研究してきた。この手法は、特定のトラヒック状況(アトラクター)およびそれに対して良好な性能を示す仮想ネットワーク(VN) を複数保持しておき、ベイズ推定により現在のトラヒック状況を同定し、適したVN を構成する。トラヒック状況を表す情報としては、対地間トラヒックマトリクスより容易に利用可能なエッジルータにおけるトラヒック流出入量を用いる。本手法は、あらかじめ特定した複数のトラヒック状況が与えられた上で、トラヒックを観測する度に現在のトラヒック状況がそれらの状況に合致する確率(確信度)を更新し、それが閾値に達したときトラヒック状況を同定する。BAMは人間の認知・意思決定の振る舞いをモデル化したものであるが、VN 再構成の迅速性や正確性を得るにあたっては、閾値やそれに関連するモデルパラメータを適切に設定することとBAM のパラメータに応じて保持するアトラクターを適切に設計することが重要である。
本研究では、脳科学の知見をもとにVN 再構成の迅速性と正確性の双方を満たす VN 再構成手法の確立に取り組んでいる。人間の脳には速度を重視する認知経路 (ファストパスウェイ) と精度を重視する認知経路 (スローパスウェイ) がありこれらを組み合わせて認知を行っていることが近年明らかにされている。そこで、迅速な意思決定のための fast-pathway-BAM (FP-BAM) と正確な意思決定のための slow-pathway-BAM (SP-BAM) を並行に動作させることを考える。
VN 再構成手法では、迅速性と正確性の実現に必要なFP-BAM、SP-BAM のパラメータ指針を設計し、各 BAM の役割とパラメータ指針に適した VNT の設計方法を考案した。SP-BAM はヒューリスティックアルゴリズムを使用して、特定のトラヒック状況で良い性能を発揮する VNT を多数用意し、FP-BAM は、より多くのトラフィック状況に対応するため、仮想リンクが形成される頻度に基づいて、より多くのトラフィック状況のパターンである程度実行する VNT をいくつか準備する。シミュレーション評価により、FP-BAM が SP-BAM よりも 70% 少ないステップでトラヒック状況を同定することを示す。また、SP-BAM の VNTは、トラヒック量の多いノードペア間で仮想リンクを形成する確率が高く、FP-BAM の VNT よりも最大で 45% 高くなることを示した。FP-BAM と SP-BAM を並行して動作させる VN 再構成手法を用いることで、トラヒック状況の変化に伴う輻輳を迅速に解消し、よりトラヒック状況に適した VNT を構成することが明らかとなった。
将来の IoT アプリケーション等、通信の多様化が予想される中で、ネットワーク仮想化技術を用いて各アプリケーションに合わせた柔軟なネットワーク構築が望まれている。しかし、広域ネットワーク上にアプリケーションを展開する場合、すべてのトラフィック情報を収集することは困難である。そのため、データの不完全性やトラフィックの動的変化による情報の不確実性を考慮する必要がある。本研究グループでは、意思決定の際に不確実な情報を考慮したベイズ型アトラクターモデルに基づく仮想ネットワーク再構築手法を提案しているが、従来の手法では事前にアトラクターを設計する必要があり動的な環境下での運用に不利であった。本研究では、制御フィードバックを用いて、環境が変化したときに自動的にアトラクターを更新する手法を提案している。シミュレーションによる評価の結果、ノイズ耐性を維持したまま未知の状況にも対応できることが示された。
Internet of Things (IoT) デバイスなどの機器の登場とともに、ネットワークを介して提供されるサービスも多様化している。ネットワークには、各サービスが要求する品質を満たすように、各サービスのトラヒックを収容することが求められ、ネットワークスライシング技術の研究が進められている。ネットワークスライシング技術を用いることにより、ネットワークを仮想的に分割し、ネットワークスライスを構築することができる。スライス化されたネットワークでは、各ネットワークスライスへの資源割り当てが重要な課題となる。各ネットワークスライスが収容するトラヒックは、人の行動などの現実世界の状況の影響を受けて時々刻々変化するため、状況に合わせて資源不足をさけるように動的に資源割当制御を行うことが必要となる。動的な資源割当制御のためには、資源不足のリスクを把握する必要があり、資源不足のリスクの把握には、現在ネットワーク内を流れているトラヒック量のみではなく、現実世界の情報を用いることが有効であると考えられる。しかしながら、実世界情報を含む、観測情報と将来とのトラヒック量との関係は一般的にモデル化が困難であり、また、現実世界でセンシングされた情報をもちいる場合、現実世界に配置された多種多様なセンサーのすべてから、短い周期で情報を収集することは困難であると考えられる。
そこで我々は、そのように欠損をふくむ現実世界の情報をもとに資源不足のリスクを把握し、動的な資源割当を行う制御手法の検討を進めている。本検討において、我々は、人の脳が曖昧・不完全な観測情報をもとに認知を行う仕組みにもとづく手法を検討しており、本手法を用いることにより、逐次得られる情報をもとに、資源不足のリスクを判断し、適格に資源割当を行うことを確認している。
あらゆる情報に通信ネットワークを介して享受できる時代が近づく中、ユーザやサービス提供者の求める様々な品質要求に対して、柔軟に対応できるネットワークの実現が望まれている。しかしながら、ネットワークの大規模化やアプリケーションの多様化によって、従来のようにネットワークから必要な情報を収集し、最適化を図る方法では対応が困難な状況が増加している。時々刻々と変化するネットワークの情報を取得し、その情報に基づいて最適な制御を決定して、ネットワークに与えるまでに、ネットワークの状況が変動している可能性が増すためである。そこで、ネットワークから観測した情報が、時空間的に不十分なものであったとしても、うまく対応できる制御手法が必要となる。我々の研究グループでは、不確かな観測情報に基づく脳の情報認知を模したベイジアンアトラクターモデルを以下の3つのネットワーク制御に応用し、その有効性を示した。1つ目は、LPWAネットワークにおける無線チャネルの混雑度合の推定を行うものである。それぞれ、時間的、空間的な混雑状況の推定を行い、推定結果に基づき、LPWAネットワークにおけるチャネル割当制御、データレート制御に応用することで、スループットの向上が可能であることを示した。2つ目は動画像ストリーミングの通信状況の認知である。パッシブな観測情報を元に利用可能帯域と動画プレーヤーの再生バッファ長を推定することで、状況にみあったレート制御が実現できることを示した。
近年、動画像ストリーミングサービスにおいて、ユーザのQoEを向上するようなビットレート選択を行う手法の研究が行われている。ビットレートの選択において、ユーザのQoEを利用するためには、そのユーザ個人に適したQoEの測定が実時間で行えることが必要である。しかしながら、従来用いられているQoEの測定方法の多くは、通信品質のみに基づいてユーザのQoEを推定するもの、あるいはユーザにアンケートを取り、ユーザ自身が知覚したQoEを自己申告したデータを後に利用するというものであり、ユーザの個人差や実時間での測定という要件を満たしてはいない。また、動画のビットレート制御への利用に向けたQoE推定ではQoEに対するユーザの内的要因を考慮した上で、映像の品質変化に起因するQoEの変化を鋭敏に把握することが必要である。そこで本研究では、被験者実験により収集した映像視聴中のQoE情報と、被験者の脳波(EEG)情報を用いてQoEを推定する手法を提案し、その評価を行った。まず、EEG情報から特徴量を抽出し、サポートベクターマシンと遺伝的アルゴリズムを組み合わせることで、ユーザのQoE推定を行う分類器を作成した。また、脳波における事象関連電位の一つであるP300に着目し、動画の品質の低下を被験者が認知したかどうかを分類した。評価の結果、QoEの低下を最大76.0%、平均49.3%で推定できることを示した。
ネットワーク仮想化などユーザの需要に合わせて柔軟な制御が可能となり始めた今日では、ユーザが体感するサービス品質(QoE; Quality of Experience)を考慮した制御が望まれている。このようなユーザ QoEのモデル化に関する研究は、従来進められてきたものの、ユーザの心理的効果によってQoEに影響を及ぼすため、従来のモデルではモデル化が困難な状況が生じる。一方で、人の認知状態及び意思決定を表現するモデルとして、近年、量子意思決定が注目され始めており、これは、従来の認知モデルでは表現が困難な、人の心理的効果も含めたモデルとなっている。本研究では、量子意思決定モデルにより動画視聴中のユーザのQoEのモデルを提案した。提案モデルでは、認知バイアスの時間発展を表すアンカリング効果と量子意思決定を統合することで、時間発展を扱うことができるように量子意思決定モデルを拡張し、ユーザのQoEの時間変化をモデル化している。また、実際の動画視聴時のユーザのQoEを計測したデータベースを用いて、提案モデルの評価を行った。評価の結果、量子意思決定を用いた QoE モデルによってユーザの認知バイアスとその時間変化が表現可能であることが示された。
仕事においてストレスを感じる労働者の数は多く、就労環境や精神的な負荷に基づく心理的疲労が問題となっている。短期の精神的な負荷であっても、それらを我慢し積み重なることで、長期的かつ持続性のストレスとなり、健康に深刻な影響を与えることが知られている。そのため、日ごろから心身を休ませ、精神的な負荷を軽減することが重要であると考えられ、精神的な負荷を感じた労働者に対して、即座に休息を促すことができるよう、継続的かつ自動化された精神的な負荷を検出するシステムが必要である。
一般的に精神的な負荷がかかっている状態では、交感神経が優位に働き、その結果として生体反応が生じる。このような生体反応は、ウェアラブルセンサを用いることにより得られるバイタルデータから推定することが可能である。しかしながら、これらのバイタルデータの測定には、ノイズが含まれ、ノイズを許容しながらもリアルタイムに状況判断ができる仕組みが必要である。そのようなノイズを許容しながら、リアルタイムな状況判断をする仕組みとして,我々の研究グループでは、ゆらぎ学習と呼ばれる仕組みを提案している。ゆらぎ学習は、ノイズが含まれる観測情報から逐次判断を行う脳の認知プロセスをモデル化した Bayesian Attractor Model (BAM) に基づいた認知手法であり、あらかじめ定義した選択肢のうち、現在の状態がどれに該当するのかを確信度つきで逐次求めることが可能である。
一方、ウェアラブルセンサからは、体温、皮膚電気活動、心拍といった多種のバイタルデータを観測可能であり、これらの複数の情報を組み合わせることがストレス状態の判定には有効である。そこで、本研究では、ストレス状態のリアルタイムな判定を行うために、ゆらぎ学習と複数種類のセンシング情報を統合的に扱うマルチモーダル統合処理の組み合わせについて検討を行っている。