2) 情報環境ネットワークアーキテクチャに関する研究

2.1) センサネットワークアーキテクチャに関する研究

無線通信能力を有するセンサ端末を多数配置し,ネットワークを構成することによって離れた場所からでも物体や環境の詳細な情報を収集,取得することのできるセンサネットワーク技術は,家電,建築,流通,農業,防犯,防災,福祉など広範囲な応用が期待されている.センサネットワークにおいては,アプリケーションによってはセンサ端末数が数百〜数千台におよぶことから集中型制御は現実的でなく,また,センサ端末は必要に応じて追加,削除,移動され,また数ヶ月から数年の運用期間中には故障するものも発生する.また,多くの場合,センサ端末は小型で電池駆動である.そこで,本研究テーマでは,自律分散型で,耐故障性,拡張性,適応性,柔軟性のある省電力なセンサネットワーク技術を検討している.また,センサノードは小型でバッテリ容量も限られているため,その通信距離も短い.そこで,広範囲な領域の情報をセンシングするためには,多数のセンサノードを高密度に配置するこが必要となる.このように大規模でクラスタを構成するセンサネットワークがどれだけの情報収集能力を持つかということを解析およびシミュレーションの両面から研究している.

2.1.1) クラスタ間マルチホップ通信を行なう大規模センサネットワークの性能評価に関する研究

数百から数千もの多数のセンサノードが高密度に配置された大規模なセンサネットワークでは,クラスタを構成して一旦クラスタ内で情報を収集し,クラスタヘッド間通信によってシンクノードにデータを収集する構成が考えられる.このようなセンサネットワークでは,シンクノードの近辺に負荷が集中することや,センサノード間の干渉によるパケット損失が発生することを十分考慮する必要がある.例えば,従来の研究ではネットワーク全体の消費電力を評価したものが多いが,ネットワークのどの部分の負荷が大きいのか,またセンサノードの寿命がどのような分布をしているかは十分に明らかではない.また,それらはクラスタの大きさなどのネットワーク構成パラメータによって大きな影響を受ける.そこで本研究テーマでは,このようなクラスタ間でマルチホップ通信を行なうような大規模なセンサネットワークを対象として,ネットワークの容量や消費電力を解析およびシミュレーションの両面から評価することを目指している.まず,シンクノード近辺の不要な中継を減らすことでスループットが2倍程度に向上できることを示した.また,センサノード間の干渉によるパケット損失をCSMA/CAによって再送する場合には,ネットワーク全体のスケジューリングを行なう場合に比較して,データ収集に要する時間が4倍となり,消費電力も55%増加することが明らかとなった.

[関連発表論文]

2.1.2) センサネットワークにおける位置推定システムに関する研究

センサネットワークでは,移動可能なターゲットが発した電波を複数の固定センサノードで受信することにより,受信電波強度(RSSI)を用いてターゲットの位置検出が可能となる.一般にRSSIによる距離推定は誤差が大きいために,多くのセンサからのデータを用いることで位置推定の精度を上げることができる.しかしながら,必要以上のデータ収集は,ネットワークに対する負荷の増大や,センサノードのバッテリ消費を増大させる問題がある.そこで本研究では,センサノード自身が周囲のノード配置密度を検出し,一定の精度を得るために必要なデータ数を自律分散的に収集する手法を提案し,Zigbee準拠のセンサネットワーク製品である沖電気工業株式会社のユビキタスデバイスに実装した.実験の結果,室内環境においてセンサの配置密度を0.27個/m2とした場合,位置推定誤差を1.5〜2m程度まで高められることが明らかとなった.

[関連発表論文]

2.1.3) 同期型センサ情報収集機構

センサ端末から定期的にセンサ情報を収集するアプリケーションにおいては,情報収集の周期にあわせて,センサネットワークの周縁部のセンサ端末から順に,センサ情報を発信し,より基地局に近いセンサ端末が中継することにより送受信回数を減らすことができる.さらに,より基地局に近いセンサ端末の情報発信より少しだけ早く,そのセンサ端末を送信先とするセンサ端末が同期してセンサ情報を発信すれば,より基地局に近いセンサ端末は信号受信のタイミングだけ無線受信機の電源を入れればよく,より電力効率のよいセンサ情報の収集が可能となる.

本研究においては,このような同期型のセンサ情報収集機構を提案している.センサ端末による自律的なタイミング調整により,センサネットワーク全体として適切な周期,タイミングでセンサ情報が収集されるよう,提案手法では,蛍やコオロギなどに見られる相互干渉による同期メカニズムをモデル化した,パルス結合振動子モデルを応用している.シミュレーションにより提案手法の有効性を示すとともに,市販の無線センサ端末MOTE2への実装を通じ,無線通信の不安定性による提案手法の問題を解決し,その実用性を示した.また,通信環境のより不安定な屋内環境を対象とした同期型センサ情報収集についても提案し,実機を用いた実証実験によってその有効性を示した.

[関連発表論文]

2.1.4) クラスタ型センサ情報収集機構

センサ情報収集の電力消費を抑えるためには,クラスタ型のネットワークを構成するのが効果的である.クラスタ型通信においては,近隣のセンサ端末でクラスタを形成し,クラスタ内のあるセンサ端末(クラスタヘッド)にセンサ情報を集約し,クラスタヘッドが基地局にセンサ情報を送信する.さらに,クラスタヘッドを交代制にすることにより,センサ端末間で電力消費を均一化する.

本研究では,局所的な情報のやりとりを通じたセンサ端末の自律的な判断により,残余電力を考慮した効率のよいクラスタを形成するクラスタリング手法を提案している.提案手法は,蟻の敵味方判別の仕組みを応用したクラスタリング手法であるANTCLUSTに基づいている.蟻は,遭遇した他の蟻と化学物質を交換することによりその所属する巣を推定し,敵か味方かを判別する.提案手法では,いったんクラスタが形成された後,一部のセンサ端末が所属するクラスタの情報をブロードキャストする.周囲のセンサ端末は他のクラスタに属するセンサ端末と遭遇することとなり,自身の所属すべきクラスタを自律的に判断することによりクラスタが適切に再構成される.シミュレーションによる評価の結果,初期電力が均一,不均一に関わらず,他手法よりも長期間にわたってセンサ情報の収集が可能であることを示した.また,クラスタ内のセンサ端末が同時にセンサ情報を発信するモデルを解析的に評価し,送信タイミングを調整することで収集率や遅延を改善できることを示した.

[関連発表論文]

2.1.5) 確実かつ迅速な緊急情報伝達機構(沖電気社との共同研究)

センサネットワークの構築に際し,空調制御の温度・湿度センサなどとあわせて振動センサ,火災センサなどを導入すれば,侵入検知や火災検知など防犯,防災に役立てることができる.しかしながら,無線リンクは不安定で信頼性が低く,また,温度,湿度など通常運用の情報との衝突も発生するため,緊急情報伝達においてパケット損や衝突回避のための遅延が発生する.また,省電力のためにスリープ制御を行っている場合には,次ホップ端末のスリープ解除を待つための遅延が発生する.そのため,侵入や火事などの緊急情報を確実に,また,迅速に伝達するための制御技術が必要である.

本研究では,通常時は定期的なセンサ情報収集を行っているセンサネットワークにおいて,緊急情報を確実かつ迅速に伝達するための制御手法を提案している.提案手法では,緊急情報を含むメッセージにタグを付与することによって情報の伝達経路上および経路周辺のセンサ端末に緊急情報の発生を通知する.緊急情報の伝達経路上のセンサ端末はスリープ制御を停止し,迅速な情報転送を行う.また,経路の周囲のセンサ端末は通常情報の発信を抑制することによって通信の衝突を回避し,緊急情報伝達の確実性を高める.シミュレーション評価により,最初の緊急情報は100%の配送率を,後続の緊急情報は90ミリ秒以内の遅延と90%以上の配送率を達成できることを示した.

[関連発表論文]

2.2) アドホックネットワークアーキテクチャに関する研究

通信インフラを必要とせず,ホスト間の無線通信によってネットワークを構築するアドホックネットワークに対しては,IETF MANETの標準化活動など,活発な取り組みがなされている.ホストのみからなるアドホックネットワークに対しては,ルータやスイッチなどの通信機器を前提とした通信制御技術をそのまま適用することができない.また,ノードは自由にネットワークに参加,離脱し,さらに,無線リンクは不安定であることから,ネットワークトポロジは時々刻々と変化し続ける.そのため,アドホックネットワークにおいては,ノードの自律制御を基本とした,適応性,拡張性,柔軟性,耐故障性のある通信制御技術が求められる.本研究テーマでは,特に,アリの採餌行動に着想を得ることによって,完全分散で自律的なアドホックネットワークのための経路制御手法を検討している.

2.2.1) スケーラブルでロバストなアドホックネットワーク経路制御手法(大阪大学大学院情報科学研究科今瀬研究室との共同研究)

アリは,巣と餌の間に最短経路を構築することが知られている.アリは,餌を発見するとフェロモンを残しながら巣に戻る.新たに巣から出たアリはフェロモンを辿ることによって餌に到達し,同様に,フェロモンを残しながら巣に戻る.フェロモンは揮発性があるため,短い経路にはより多くのフェロモンが蓄積されることになり,多くのアリを惹きつけるため,ほとんどのアリが最短経路を通るようになる.一方,他の長い経路もフェロモンによってアリを惹きつけることにより維持され,最短経路が失われた際にはそれら代替経路のうち最短のものが新たに利用,強化されることとなる.

本研究テーマではこのようなアリの採餌行動に着想を得ることにより,適応的で耐故障性を有するマルチパス経路制御手法を提案している.経路構築においてアリ(制御パケット)は辿った経路のフェロモンを若干量更新するだけであるため,アリの誤りや消失の経路に与える影響は小さい.その一方で,安定した高品質な経路が構築されるためには相当量のアリを送信する必要があり,特にノード数が多い場合にはシグナリングオーバヘッドが問題になる.そこで,アリを送出する際のTTLを多段階化することによってオーバヘッドを抑えるとともに,効率のよいアリの移動制御手法を提案している.また,ノードの通信能力の差異などによって発生する単方向リンクを積極的に経路に取り入れることにより,より短く,より多い経路を構築する経路制御手法についても検討し,AODVと比較して約1/4の遅延で経路を構築し,約1.3倍のパケット配送率を達成できることを示した.

[関連発表論文]

2.3) P2Pネットワークアーキテクチャに関する研究

光通信技術によるバックボーンネットワークの広帯域化やアクセス回線の高速化が促進される一方で,多くのユーザに対しては未だベストエフォートサービスが提供されているのみである.そこで,ベストエフォートネットワーク上でアプリケーションの望むQoS(通信品質)を獲得するためのオーバレイネットワーク技術に関する研究開発が盛んに行われており,CDN,Grid,P2Pなど様々なオーバレイネットワークが物理網(IP網)上に構築,運用されている.本研究テーマでは,オーバレイネットワークの中でも特にユーザ数,トラヒックの多いP2Pネットワークを対象に,拡張性,適応性,耐故障性のあるネットワーク制御技術の研究を行っている.

2.3.1) 適応性,耐故障性を有するP2Pメディアストリーミング機構

1.1.1)参照.

2.3.2) オーバレイネットワーク共生環境

1.3.1)参照.

2.3.3) 物理網特性を考慮したP2Pネットワーク構築手法

1.3.3)参照.