2. サービスネットワークアーキテクチャに関する研究

2.1 オーバレイネットワークアーキテクチャに関する研究

2.1.1 オーバレイルーティングによって増加する ISP 間トランジットコストの削減に関する研究(NTTサービスインテグレーション基盤研究所との共同研究)

オーバレイルーティングはオーバーレイネットワークを用いたアプリケーション層で動作する経路制御技術であり、遅延時間や利用可能帯域などの指標を用いて経路を選択することで、ユーザが体感できる性能が向上することが知られている。一方で、IP 層で行なわれる経路制御とのポリシーの違いにより、ISP のコスト構造に悪影響を与えることが考えられる。ISP によって提供される IP ルーティングは、一般に隣接 ISP とのリンクの使用にかかる金銭的コストを考慮して制御されている。対してオーバレイルーティングではエンド間の性能向上を目的として経路が選択されるため、オーバレイルーティングの利用によって通過するトランジットリンク数が増加し、ISP のトランジットコストが増大することが考えられる。

この問題に対する解決策としては、オーバレイルーティングが ISP 間のトランジットコストが増加する経路を選択することを制限する手法が考えられる。本研究では、オーバレイルーティングによって増加する ISP 間のトランジットコストを削減する手法を提案した。提案手法では、経路上のトランジットリンク数をトランジットコストの指標とし、オーバレイルーティングによる性能向上を維持しつつ、トランジットコストを抑える経路を選択する。しかし、経路上のトランジットリンク数は一般には公開されておらず、また、エンド間で容易に計測する手法が存在しないため、本論文では経路上のトランジットリンク数をオーバレイノードが容易に計測できるエンド間ネットワーク性能から重回帰分析を用いて推定する手法を確立した。提案手法の有効性を評価するため、重回帰分析により導出した推定式の精度を評価したのち、提案手法によって経路上のトランジットリンク数を制限したオーバレイルーティングの性能を評価した。実ネットワークの計測データを用いた評価により、推定式によるトランジットリンク数の過小推定が 80% のノードで 1 以下であり、また、提案手法を用いたオーバレイルーティングが、通過するトランジットリンクの数を削減しつつ、トランジットリンクの制限を行わない場合のオーバレイルーティングと同等の性能向上を得られていることを示した。

さらに本研究においては、このようなアプリケーション層において他エンドホストを経由するような経路をエンド間のネットワーク性能を指標として選択する際に、各々のエンドユーザが独自に経路選択を行うと、経路の重複によるユーザ性能の低下や、利用するISP 間トランジットリンクが増加することによるISPのトランジットコスト増大が発生する点に着目し、新たなアプリケーション層経路制御手法の提案を行った。具体的には、まず、アプリケーション層における経路選択の最適化問題を定義し、これを焼きなまし法を用いて解くことにより、ユーザ性能の向上やトランジットコストの削減を実現する経路制御手法を集中処理、分散処理の2つの形で提案した。PlanetLabノード間で経路制御を行うことを想定して、提案手法の性能評価を行った結果、大幅なネットワーク性能の向上が得られ、特に利用可能帯域においては平均で84% の性能向上が得られることを示した。

[関連発表論文]

2.1.2 大規模ネットワーク障害に対応可能なオーバレイルーティング手法に関する研究(日本電気株式会社との共同研究)

地震、風水害、テロなどの大規模災害に対するコンピュータネットワークの対策に関しては未だ体系的に議論されておらず、災害発生時においてもネットワークの十分な信頼性を確保することは難しい。通常、高信頼なネットワークは冗長性に優れた構成を組むことにより実現されるが、インターネットにおけるIPルーティングプロトコルでの転送経路切替方法では短時間での切替は困難である。また、IP層の機能強化を行う場合にも、共通基盤に新しい機能を付加することにより、それに付随する制御が種々派生し、その複雑さによってアーキテクチャの破綻を招く恐れがある。オーバーレイネットワーク技術を用いてそのような新機能を実現する手法が多数提案されているが、そのような仮想ネットワークにおける障害回復手法には、これまでには想定されなかったような同時発生する複数障害への対応が求められる。

そこで本研究では、オーバーレイネットワークの経路重複が原因となり、アンダーレイネットワークの少数リンクの障害が、オーバーレイネットワークにおける大規模同時障害を引き起こす問題に着目し、上記手法をそのような同時発生障害に対応させるための障害用トポロジー構築手法を提案した。提案手法は、それぞれのオーバレイノードが、自身を含む障害に対応するトポロジーを作成し、それらを適宜集約することによって、1つのトポロジー群を構築する。数値計算による性能評価の結果、アンダーレイネットワーク全体の25%のリンク障害発生時に、経路長をほとんど増加させることなく、到達性を51%から97%に回復できることがわかった。

[関連発表論文]

2.1.3 オーバーレイネットワークにおけるネットワーク性能計測手法に関する研究

オーバーレイネットワークはIP ネットワーク上に論理的に構築されたネットワークであるため、性能の維持、向上のためには定期的にオーバレイパスの資源情報を計測によって得る必要がある。オーバーレイネットワークの構築に必要な情報を得る手法は数多く提案されているが、その多くは小規模なオーバーレイネットワークを対象としており、全てのオーバレイノード間の経路を計測する手法である。このような手法ではオーバレイノード数の2乗の計測コストが必要であり、オーバレイノード数が増加した場合には計測に必要なコストの増加が問題となる。この問題に対し、我々は、オーバレイパスの重複した部分の計測を行わず、重複部分の計測結果を合成することにより、オーバーレイネットワーク全体の性能を推定する、計測結果の空間的合成手法を提案している。この手法は、オーバーレイネットワーク全体のパスの情報を得る完全性を維持しつつ、パスの計測数を削減することができるが、計測結果の空間的合成によって得られた推定結果と実際の計測結果との間の誤差、つまり推定精度が問題となる。

そこで本研究では、PlanetLab上における計測結果を用いた、パケット廃棄率の計測結果の空間的合成手法の精度評価を行った。また、推定精度を向上させるための計測結果のデータ処理手法を提案した。精度評価の結果、PlanetLab環境における、実際のパケット廃棄率の計測結果と、空間的合成手法によって得られた推定値との平均対数誤差は約0.4であることがわかった。また、パケット廃棄率の計測においては、オーバレイノード処理負荷が原因となり、計測開始後の数秒間にパケットが全く届かないことがあり、そのような計測結果を削除した上で統合手法を適用することによって、推定精度が向上することがわかった。さらに、パケット廃棄率の計測結果に対し、統計的検定を適用し、外れ値を除去することにより、平均対数誤差を最大で36%改善できることを示した。

また、上述のような状況を含めたオーバーレイネットワークにおける計測に関する研究では、計測経路数を削減する、あるいは、スーパーノードを設置してオーバーレイネットワークの全ての経路情報を収集し、完全スケジューリングによって計測の衝突を回避する手法が提案されている。これに対し本研究では、スーパーノードを使用せず、かつ、IP ネットワークの完全なトポロジー情報を必要としない、オーバーレイネットワーク計測手法を提案した。具体的には、個々のオーバレイノードが自身を始点とするオーバレイパスの計測タイミングを決定し、計測衝突を回避する。提案手法は、個々のオーバレイノードが他のオーバレイノードまでのアンダーレイ経路情報を取得し、他のオーバレイノードと経路情報を交換することにより、自身を始点とする経路と、他のオーバレイノードを始点とするパスの経路重複の状態を推定する。1つのオーバレイノードを始点とする複数のパスは、逐次的に計測を行うことで、計測衝突を回避する。一方、始点が異なる経路は、始点オーバレイノードがランダムに計測タイミングを決定することで、衝突を確率的に回避する。性能評価の結果、従来の完全スケジューリング型の計測手法に比べて高い計測頻度を達成し、かつ、計測重複を効率的に回避できることを明らかにした。

[関連発表論文]

2.2 広域分散コンピューティング環境に関する研究

2.2.1 電力消費を考慮した広域分散コンピューティング環境に関する研究

大規模データセンターへの情報システムの集約が進むと、より大量のデータが広域ネットワークを介して送受信され、データ転送に費やされるエネルギーが増加する。これに対し、トラヒック削減・局所化機能をもつサーバをネットワーク上に分散配置することで、システム全体での省電力化が可能になる。本研究においては、アプリケーション、発生するトラヒック、およびデータ転送を行うためのネットワークを含めたシステム全体のモデルを構築した。また、ルータおよびサーバの電力消費モデルを作成し、システムの電力消費量を定式化する。さらに、分散サーバを設置し転送トラヒックを削減したときの電力消費削減量を評価する。評価の結果、分散サーバ設置数の増加に伴い電力消費量は最大で約20%減少するが、一定台数を超えると、トラヒック削減による電力消費の減少より分散サーバの追加に伴う電力消費の増加の方が大きいため、全体として増加傾向に転じることを明らかにした。

[関連発表論文]