ネットワークの高速化、効率化の中心技術となるのが輻輳制御である。旧来の電話交換網における輻輳制御では、アーラン呼損式を核とするトラヒック理論がその理論的な支柱となってきた。一方、インターネットに代表されるコンピュータネットワークにおいては、待ち行列理論が古くから輻輳制御設計を解決するものとされてきた。しかしながら、インターネットにおいては、エンド間トランスポート層プロトコルであるTCPがネットワークの輻輳制御の役割も担っている。TCPは基本的にフィードバックメカニズムに基づくものであり、従来の待ち行列理論に代表されるマルコフ理論が意味をなさないのは自明である。本研究テーマでは、そのような考え方に基づき、ネットワークの輻輳制御の解明を目指した研究を進めている。
パケット交換ネットワークにおいて、データ転送系のサービスを効率的に収容するためには、フィードバック型の輻輳制御が不可欠である。フィードバック型の輻輳制御では、ネットワークからのフィードバック情報に応じて、送信側ホストからのトラヒック流入量を動的に制御する。これにより、ネットワーク内部でのパケット棄却を防ぐとともに、網資源の有効利用が可能となる。現在、広く普及している TCP/IPネットワークでは、フィードバック型の輻輳制御として、ウィンドウ型のフロー制御方式であるTCPが用いられているが、その改良に関する研究も盛んに行われている。なかでも、高い性能を示すものとしてTCP Vegas が最近注目されている。本研究では、TCP Vegasをもとにしたウィンドウ型のフロー制御方式を対象とし、その安定性と過渡特性を、制御理論を用いて明らかにした。さらに、解析結果に基づいて、制御パラメータの最適化制御を行うことによってシステムの性能が大幅に改善されることを示した。さらに、本研究では、多段接続されたネットワークにおいて、ネットワーク中に複数のボトルネックリンクが存在する場合を対象とした解析を行った。まず、定常状態における送信側ホストのウィンドウサイズや、ボトルネックリンクへ向かうバッファのバッファ内パケット数を導出した。さらに、定常状態におけるTCPコネクションのスループットを導出し、ウィンドウ型フロー制御方式の制御パラメータが、TCPコネクション間の公平性にどのような影響を与えるかを明らかにした。また、現代制御理論を適用することにより、ウィンドウ型フロー制御方式の制御パラメータと、ネットワークの安定性および過渡特性の関係を定量的に明らかにし、その結果、経由するボトルネックリンク数の少ない TCPコネクションが、ネットワークの安定性を決定することを明らかにした。これに加えて、流体近似法および待ち行列理論を組み合わせることにより、TCP Renoのフィードバック型輻輳制御機構をモデル化した。これまで、さまざまな研究者らによって TCPの解析が行われてきた。従来の研究では、ネットワークにおけるパケット棄却率を一定と仮定し、この時のTCPの平均的な特性を解析したものがほとんどであった。しかし現実のネットワークでは、TCPのウィンドウサイズが変化すれば、それによってネットワークにおけるパケット棄却率は変化する。そこで本研究では、TCPの輻輳制御機構とネットワークをフィードバックシステムとしてモデル化し、TCPの過渡特性を解析した。つまり、TCPはネットワークでのパケット棄却率を入力とし、ウィンドウサイズを出力とするシステムとしてモデル化した。一方、ネットワークは TCPのウィンドウサイズを入力とし、パケット棄却率を出力とする一つのシステムとしてモデル化した。得られたモデルに対して過渡特性解析を行い、バックグラウンドトラヒックの量や、TCPのコネクション数などによって、TCPの過渡特性がどのように変化するかを定量的に明らかにした。
近年、TCPの輻輳制御機構を補助するために、ルータにおける輻輳制御機構がいくつか提案されている。それらの中で、現在もっとも有望と考えられ、実装されつつあるのは、ルータにおいて意図的にパケット棄却を発生させる RED (Random Early Detection) ゲートウェイである。しかし、これまで RED ゲートウェイの特性は十分には明らかにされていない。本研究では、TCP によってフロー制御されたトラヒックに対する、RED ルータの定常状態特性を解析した。まず、定常状態における TCP のウィンドウサイズや、RED ルータのバッファ内パケット数を導出した。また、制御理論を適用することにより、ネットワークの安定条件および過渡特性をあらわす性能指標を導出した。さらに、数値例およびシミュレーション結果により、RED ルータの制御パラメータと安定性との関係を明らかにした。その結果、(1) RED ルータのバッファ占有量は、ほぼmaxp (maximum packet marking probability) によって決まること、(2) TCPのコネクション数やネットワークの帯域・遅延積が大きくなるにつれ、ネットワークがより安定すること、(3) 過渡特性を最適化するためには、minth (minimum threshold) を慎重に決める必要があること、などが明らかになった。さらに本研究では、REDゲートウェイの定常特性だけでなく、過渡特性に関しても解析を行った。つまり、TCPのコネクション数が変動した場合に、REDゲートウェイの過渡特性にどのように影響を与えるかを解析した。ネットワーク全体をフィードバック系のシステムととらえ、コネクション数の変動と、REDゲートウェイの過渡特性の関係を、制御理論を適用することにより解析した。その結果、REDゲートウェイの過渡特性を向上するために、REDゲートウェイの制御パラメータをどのように設定すればいいかを明らかにした。
インターネットにおける、エンド・エンド間のパケット伝送遅延特性を知ることは重要である。これは、(1) パケット伝送遅延特性がリアルタイムサービスのQoS(サービス品質)に直接影響を与えること、また、(2) リアルタイムおよび非リアルタイムアプリケーションに対して、効率的な輻輳制御機構の設計が可能になること、などによる。本研究では、インターネットのパケット伝送遅延特性をモデル化する、新しい手法を提案した。提案手法の中心となるアイディアは、ある送信側ホストからみたネットワーク全体をブラックボックスとして扱い、パケット伝送遅延特性を、制御工学の分野で広く用いられているシステム同定理論を用いてモデル化するというものである。送信側ホストから見たパケット伝送遅延特性をSISO (1 入力1出力)システムとしてモデル化し、送信側ホストからのパケット出力間隔をシステムへの入力とし、送信側ホストで観測した往復伝搬遅延がシステムからの出力とする。本研究では、ARX モデルを用いて、そのパラメータをシステム同定理論により決定した。また、ARXモデルの次数決定方法についても議論を行った。それらの結果、ARXモデルを用いることにより、パケット伝送遅延特性が十分にモデル化できること、また、モデルの誤差を小さくするために、ARXモデルの次数を適切に選択する必要があることなどを明らかにした。さらに、システム同定に用いる入出力データとして、一定のサンプリング周期ごとに測定した、送信側ホストからのパケット送信レート、およびラウンドトリップ時間の平均値を用いることにより、モデル精度が向上できること示した。LAN環境およびWAN環境で実際に測定した入出力データを用いてモデル化を行い、ラウンドトリップ時間の変動がどの程度正確にモデル化できるかを明らかにした。その結果、LAN環境では、ほぼ正確にラウンドトリップ時間の変動をモデルできることを示した。また、WAN環境では、ボトルネックリンクが少数のユーザで共有されている場合、ラウンドトリップ時間の変動をうまくモデル化できることを示した。