オーバレイネットワークはIP ネットワーク上に論理的に構築されたネットワークであるため、性能の維持、向上のためには定期的にオーバレイパスの資源情報を計測によって得る必要がある。オーバレイネットワークの構築に必要な情報を得る手法は数多く提案されているが、その多くは小規模なオーバレイネットワークを対象としており、全てのオーバレイノード間の経路を計測する手法である。このような手法ではオーバレイノード数の2乗の計測コストが必要であり、オーバレイノード数が増加した場合には計測に必要なコストの増加が問題となる。
このようなオーバレイネットワークにおける計測においては、計測経路数を削減する、あるいは、スーパーノードを設置してオーバレイネットワークの全ての経路情報を収集し、完全スケジューリングによって計測の衝突を回避する手法が提案されている。これに対し本研究では、スーパーノードを使用せず、かつ、IP ネットワークの完全なトポロジー情報を必要としない、オーバレイネットワーク計測手法を提案した。具体的には、個々のオーバレイノードが自身を始点とするオーバレイパスの計測タイミングを決定し、計測衝突を回避する。
提案手法は、個々のオーバレイノードが他のオーバレイノードまでのアンダーレイ経路情報を取得し、他のオーバレイノードと経路情報を交換することにより、自身を始点とする経路と、他のオーバレイノードを始点とするパスの経路重複の状態を推定する。1 つのオーバレイノードを始点とする複数のパスは、逐次的に計測を行うことで、計測衝突を回避する。一方、始点が異なる経路は、始点オーバレイノードがランダムに計測タイミングを決定することで、衝突を確率的に回避する。性能評価の結果、従来の完全スケジューリング型の計測手法に比べて高い計測頻度を達成し、かつ、計測重複を効率的に回避できることを明らかにした。また、利用可能帯域の計測精度を下げることなく、計測オーバヘッドを削減できること、また、アンダーレイネットワークの故障を従来手法に比べて短い時間で検出できることを明らかにした。
さらに本研究では、オーバレイパスの重複した部分の計測を行わず、重複部分の計測結果を合成することにより、オーバレイネットワーク全体の性能を推定する、計測結果の空間的合成手法を提案した。この手法は、オーバレイネットワーク全体のパスの情報を得る完全性を維持しつつ、パスの計測数を削減することができるが、計測結果の空間的合成によって得られた推定結果と実際の計測結果との間の誤差、つまり推定精度が問題となる。そのため、本研究では、PlanetLab上における計測結果を用いた、パケット廃棄率の計測結果の空間的合成手法の精度評価を行った。また、推定精度を向上させるための計測結果のデータ処理手法を提案した。
精度評価の結果、PlanetLab環境における、実際のパケット廃棄率の計測結果と、空間的合成手法によって得られた推定値との平均対数誤差は約0.4であることがわかった。また、パケット廃棄率の計測においては、オーバレイノード処理負荷が原因となり、計測開始後の数秒間にパケットが全く届かないことがあり、そのような計測結果を削除した上で統合手法を適用することによって、推定精度が向上することがわかった。さらに、パケット廃棄率の計測結果に対し、統計的検定を適用し、外れ値を除去することにより、平均対数誤差を最大で36%改善できることを示した。
エンド端末間におけるデータ転送の際に、パスの利用可能帯域を指標として用いることで、輻輳の検知、通信レートの制御、オーバレイネットワークにおけるトポロジー制御、経路制御やマルチパス転送などの様々なネットワーク制御が可能となる。そのため、エンド端末間パスの利用可能帯域を計測することは重要である。従来の端末間パスの利用可能帯域の計測技術は、ボトルネック区間の利用可能帯域の値のみを把握することができるが、一方、ボトルネック区間そのものの特定やエンド端末間パスの複数箇所の利用可能帯域の計測を行うことはできない。しかし、たとえば無線ネットワークと有線ネットワークなどネットワーク特性が異なる区間がエンド端末間パス上に混在している場合に、それぞれのネットワークの利用可能帯域の計測が可能となれば、無線ネットワークなどパケット誤りの多い環境に応じて通信レートを低く設定するなどの、ネットワーク環境に応じた制御を行うことができる。
そこで本研究では、エンド端末間のパス上における複数かつ任意の区間における利用可能帯域を同時に計測する手法について検討し、その有効性をシミュレーション及び実機実験によって検証した。従来の利用可能帯域の計測手法は送信端末が受信端末に向けて計測用パケットを送る際に、パケットの送信間隔を様々に変化させ、受信端末における受信間隔を観察することで利用可能帯域を計測する。そこで、提案手法においては、パケットの送信間隔の制御方法を改善し、かつ、エンド端末間パス上のルータにおいて記録されるパケットの送受信時刻を利用することによって、端末間のパス上における任意の区間の利用可能帯域を計測する。提案方式の性能評価は、簡易的なシミュレーションによって行った。その結果、送信端末に近いネットワーク区間より、受信端末に近いネットワーク区間の利用可能帯域が大きい場合においても、それぞれの区間の利用可能帯域を計測することが可能であることを確認した。また、実機実験によっても、シミュレーション結果と同等の計測精度が得られることを確認した。
クライアントPC からのリクエスト受信時に、サーブレットやJava Server Pages (JSP)のプログラムをサーバ側で実行するか、JavaScript で書かれたAjax やDOM によるプログラムをHTML に埋め込みクライアントPC 側で実行することで生成される動的オブジェクトの割合が増加している。その結果、Webサイト閲覧時に発生する通信パターンが複雑化している。一方で、67%のユーザは毎週のようにWeb 閲覧時の待ち時間の長さを感じており、17%のユーザはWeb 閲覧時に最大でも5 秒しか待てないという報告がなされており、複雑性を増すWeb トラヒックをいかにして効率的に配信するかが重要な課題となっている。
そこで、過去の研究において、測定用PC から多数のサイトにアクセスした際に発生するトラヒックの通信特性値をHAR (HTTPArchive) ファイルとして取得し、HAR ファイルから各種特性値を抽出することで、URL カテゴリやオブジェクト種別ごとの各種通信特性の傾向について分析したが、単一地点(東京) からの測定分析に限定されており、通信構造の地理的な傾向の差異は分析されていない。
そこで本研究では、PlanetLab を用いて世界の12 の拠点から、アクセス頻度の高い約1,000 のWeb サイトにアクセスしたときに発生する通信パターンを測定し、サーバ距離、遅延時間、オブジェクト数といった各種特性値の地域的な傾向について分析した。その結果、Business、Regional、Shopping、Sportsなどの地域性の高いオブジェクトは各々のアクセス地点の近隣に存在するサーバから取得される傾向があり、一方、Reference、Health、Adult、Gamesなどの地域性の低いサイトのオブジェクトは北米に存在するサーバから取得される傾向があることが明らかとなった。また各Web サイトを各測定地点における各特性値の傾向に基づきクラスタ分析し、オブジェクト種別やURLカテゴリによる通信特性の違いを明らかにし、効率的なキャッシュ制御法として、地域性の低いサイトのオブジェクトを様々な地域で優先的にキャッシュすることで、限られたキャッシュ資源を有効に活用した効果的なWebレスポンス時間の改善が期待できることを示した。
Network Function Virtualization (NFV) やマッシュアップWebサービスなどのネットワークシステムにおいては、実行環境の構成要素である汎用サーバ上に複数のサービスや機能を配置し、実行する。その分散配置されたサーバに、どのサービスや機能を配置するか、及び配置された各サービスや機能にどう資源を割り当て実行するかを各サーバで自律的に決定することは、物理的に広い範囲のネットワーク環境や、サーバ障害や環境変動の発生時においても、システムの冗長性や成長性を保ちながらシステム全体を制御できる。また、遺伝子ネットワークや化学反応等の生化学における特性である自己組織性や堅牢性を情報ネットワークアーキテクチャへ応用する検討が活発に行われている。
そこで本研究では、化学反応式を利用した空間拡散モデルに基づいて、上記のようなネットワークサービスにおいて、提供するサービスや機能を適切な場所で実行し、サーバ資源をそれらで効率よく共有する手法を提案する。提案手法では、サービスや機能を実行するサーバを個々のタプル空間とみなし、ユーザからのリクエスト量やサービスの需要量等を化学物質として考え、サーバ内の局所的な状況を化学物質の濃度変化や拡散によって表現する。そして、その空間で、各サービスに対するリクエストを、サーバ資源を用いて処理する反応式を定義し、それを実行することにより、サービスの需要に応じたサーバ資源の共有をシステム内の各デバイスの自律的な動作によって実現する。シミュレーション評価により、提案システムが仮想化ネットワークシステムに求められる様々な機能を実現できることを確認した。