光伝送技術の発展には目覚しいものがあり,WDM(波長分割多重)技術によってネットワークの回線容量は爆発的に増大してきた.しかし,光伝送技術とネットワーキング技術はおのおの別個の歴史を持ち,インターネットに適した光通信技術の適用形態については明らかになっていないのが現状である.短期的には,高性能・高信頼光パスネットワークがその中心技術になると考えられ,長期的な解としてはフォトニックネットワーク独自の通信技術を用いた大規模かつ分散制御型の光パスネットワークや光パケットスイッチネットワーク,光パスネットワークと光パケットスイッチネットワークを統合した適用形態も十分に考えられる.本研究テーマでは,これらの点に着目した研究を進めている.
トラヒックを効率的に収容する方法として,IP/光ネットワーク上で,光パスによって構築される論理トポロジ(VNT)を動的に再構成する手法の研究が進められている.しかしながら,VNT を適切に再構成するためには,対地間のトラヒック量を把握しネットワークを制御することが必須であるが,ネットワークの規模が大きくなるとともに,収集する制御情報量が増加する.そのため,リンク負荷などの一部の測定情報から対地間トラヒック量を推定するトラヒックマトリクス推定手法の適用が望まれる.下記論文では,ネットワークの一部のノードを選択し,選択されたノードから収集したトラヒック情報のみから全リンクのトラヒック量を推定することにより,トラヒック情報収集負荷を削減する手法を提案した.評価結果より,全ノードのうちの30%のノードから収集したトラヒック情報を用いることで,提案手法はトラヒックエンジニアリングに必要となる全リンクのトラヒック量を平均二乗誤差100Mbps以下の精度で推定することができることを示した.さらに,交流トラヒック量を推定によって得る手法を分類・整理し述べるとともに,推定した交流トラヒック量をネットワーク制御へ応用する手法について解説している.
P2Pネットワーク,VoIP,動画配信サービスなどの新たなサービスが登場し,ネットワーク上でのトラヒックの変化は大きくなっている.これまで,トラヒック量を既知として効率良く収容するための論理トポロジー制御手法に関する研究が数多くなされているが,トラヒックの変化に対して適応的に論理トポロジーを制御することが重要である.本研究では,ネットワーク性能の最適化のみではなく,環境の変化に対する適応性を備えたネットワーク制御手法として,生物が未知の環境変化に適応する振る舞いをモデル化したアトラクター選択に基づく論理トポロジー制御の確立に取り組んでいる.本研究では,生物が未知の環境変化に適応する振る舞いをモデル化したアトラクター選択に注目し,トラヒック変動に対する適応性を備えた仮想網制御手法を提案している.シミュレーション評価により,提案手法がトラヒックの変動に対して早く反応し,その変化に適応することを示した.また,アトラクター選択を用いた仮想網制御手法と既存の仮想網制御手法を比較した結果,アトラクター選択を用いた仮想網制御手法では,既存の仮想網制御手法と比べ,2倍程度の大きさのトラヒック変動に対して制御可能となり,より大きなトラヒック変動に適応しリンク利用率を改善することが可能であることがわかった.また,リンク利用率改善に必要となる制御回数は,既存の仮想網制御手法の十分の一程度となることが明らかとなった.さらに,制御オーバーヘッドとして,VNT の再構築に必要となる光パスの切替回数に着目し,計算機シミュレーションにより集中型の制御アプローチと比較評価した.その結果,アトラクター選択を用いた仮想網制御手法では,集中型の制御アプローチと比較して,光パスの切替回数が1/100 以下に削減されることがわかった.同一の制御情報量により仮想網を制御する場合,アトラクター選択を用いた仮想網制御手法は,ネットワークの状態を示すフィードバック値のみが光ネットワーク全体で共有されることに起因し,集中型の制御アプローチと比較して光パス利用率の最大値が半減されることが明らかとなった.
パケット中のヘッダを識別してパケット単位のスイッチングを光領域で行う.ルーティングを行うフォトニックパケットスイッチは,現在のインターネットで広く用いられているIPパケット処理の高速化・大容量化を実現するスイッチング方式として期待されている.光パケットスイッチネットワークでは,中継ノード においてパケットの競合を回避するために,光領域でパケットを格納する光バッファが必要となる.近年,フォトニック結晶や双安定半導体レーザを用いた微小共振器構造による光閉じ込め効果を利用した光メモリの研究開発が行われているが,光メモリの集積度は電気の場合と比べる遙かに小さい.そこで,本研究では,小容量バッファを持つフォトニックパケットスイッチによって構成されたネットワークを対象とし,ネットワークのスループットを向上させるための手法を検討している.本研究では,出力バッファ型,入力バッファ型,入出力バッファ型,および,共有バッファ型のスイッチアーキテクチャのそれぞれに対し,XCPに基づくフローコントロール機構を導入した際の必要バッファ容量を評価している.シミュレーションによる評価の結果,共有バッファ型のスイッチアーキテクチャの必要バッファ容量は最も少なく,出力リンクあたり4kbyteとなることを示した.
WDM 技術のインターネットへの適用形態として, 論理トポロジーを構築してパケットを転送するパケット交換型のIP over WDMネットワークや,データ発生時に光パスを構築してデータ転送を行うパス交換型の通信形態が広く検討されてきた.現状のインターネットは,パケット交換原理にもとづく通信形態が主流であるが,トラヒックの増大や関連技術の進展にともない様々な課題が顕在化している.例えば,1) パケット交換により高い回線利用率を達成するためには,ルータのバッファの大容量化と高速化が重要となるが,回線容量の増大とともに必要量の確保が難しい, 2) パケット交換はバッファリングを前提としており,その結果,通信品質の保証が困難となっている,3) また,通信品質をある程度保証するためには,回線容量やルータ処理能力のオーバープロビジョニングが必須となる,4) パケット毎に宛先探索等の処理が必須となるため,パケット数の増加とともに消費電力も増大する,5) 回線容量の増大にともない,パケットのヘッダ処理速度も向上させる必要があり,それにともないインタフェースコストが増大する,などが挙げられる.従って,単にパケット交換型もしくはパス交換型のネットワークを構築するのみでは,近年の多様なアプリケーションやサービスが必要とする通信品質への要求・要望を満たすことは困難であり,パケット交換型ネットワークとパス交換型ネットワークを融合し,それぞれの長所を生かすことが可能なパス/パケット統合ネットワークを構築することが重要であると考えられる.本課題では,このような考えのもと,光パケット/パス統合ネットワークに関する研究に取り組んでいる.
本研究では,パケット交換ネットワークとパス交換ネットワークに対してそれぞれ波長を割当てることで実現する光パケット/パス統合ネットワークの性能を評価した.まず,割当波長数を固定とした場合に,データ転送要求が発生してからデータ転送が完了するまでの時間であるレイテンシを求めた結果,トラヒック負荷に依存して最適な割当波長数が定まることが示した.そこで,トラヒック負荷の変化に対して適応的に割当波長数を制御し,レイテンシを低減するために,パケット交換ネットワークの平均キュー長に基づく動的波長割当と,二種のバクテリア菌が共生する数学モデルである生物共生モデルに基づく動的波長割当を考案した.計算機シミュレーションの結果,波長割当数を固定とした場合に比べて,動的波長割当手法が,50%以上転送遅延が低減されることが明らかとなった.また,生物共生モデルに基づく動的波長割当手法では,パケット交換ネットワークの平均キュー長に基づく動的波長割当手法に比べ,約40%程度転送遅延が低減されることが明らかとなった.