6. フォトニックネットワークアーキテクチャに関する研究

光伝送技術の発展には目覚しいものがあり、WDM(波長分割多重)技術によってネットワークの回線容量は爆発的に増大してきた。しかし、光伝送技術とネットワーキング技術はおのおの別個の歴史を持ち、インターネットに適した光通信技術の適用形態については明らかになっていないのが現状である。短期的には、高性能・高信頼光パスネットワークがその中心技術になると考えられ、長期的な解としてはフォトニックネットワーク独自の通信技術を用いた大規模かつ分散制御型の光パスネットワークや光パケットスイッチネットワーク、光パスネットワークと光パケットスイッチネットワークを統合した適用形態も十分に考えられる。本研究テーマでは、これらの点に着目した研究を進めている。

6.1 光パスネットワークに関する研究

6.1.1 フォトニックインターネットにおける論理トポロジー制御手法に関する研究(NTTネットワークサービスシステム研究所との共同研究)

P2Pネットワーク、VoIP、動画配信サービスなどの新たなサービスが登場し、ネットワーク上でのトラヒックの変化は大きくなっている。これまで、トラヒック量を既知として効率良く収容するための論理トポロジー制御手法に関する研究が数多くなされているが、トラヒックの変化に対して適応的に論理トポロジーを制御することが重要である。本研究では、ネットワーク性能の最適化のみではなく、環境の変化に対する適応性を備えたネットワーク制御手法として、局所的な情報交換によって予測困難な環境変化に適応する振る舞いにもとづいた論理トポロジー制御の確立に取り組んでいる。これまでに、生物が予測困難な環境変化に適応する振る舞いをモデル化したアトラクター選択に注目し、トラヒック変動に対する適応性を備えた論理トポロジー制御手法を提案し、シミュレーション評価によりトラヒックの変動に対して早く反応し、その変化に適応することを示した。本研究では、アトラクター選択を用いた論理トポロジー制御手法の環境変化に対する適応性および適応するまでの時間である収束時間が、アトラクター構造に依存することを示した。アトラクター構造は、アトラクター選択を力学系として見たときの安定な均衡点の解空間上での位置や均衡点の数である。アトラクター構造が自己組織化制御の適応性および収束時間に与える影響をシミュレーションにより評価した結果、アトラクター構造を動的に再構成することで、平均的に約22%制御の収束時間を短縮できることがわかった。また、均衡点の数を増やすとともに制御が成功する確率が上昇し、均衡点の数が一定数以上であれば制御の収束時間が短縮することが明らかとなった。

次に、アトラクター選択を用いた論理トポロジー制御の論理トポロジー算出の計算量を削減し、より短い制御間隔で論理トポロジーを算出する計算量削減手法およびそれを用いた論理トポロジー制御手法を提案する。提案制御手法では、波長分割多重ネットワークを構成するノードそれぞれがアトラクター選択を用いて論理トポロジーの一部を決定する。これにより、従来のアトラクター選択を用いた論理トポロジー制御手法が有するトラヒック変動への高い適応性を維持しつつ、計算時間の削減を可能とする。計算機シミュレーションによる評価の結果、1000 ノード規模のネットワークにおいて、従来のアトラクター選択を用いた論理トポロジー制御手法のCPU総計算時間が1000 秒程度必要とするのに対し、提案制御手法ではCPU総計算時間が32秒となることが明らかとなった。また、提案制御手法では、論理トポロジー算出に必要となる時間が0.032 秒となり、迅速に論理トポロジー算出が可能であることがわかった。

[関連発表論文]

6.1.2 フォトニックネットワークを用いたネットワーク仮想化に関する研究 (NTTネットワークサービスシステム研究所との共同研究)

近年、Peer-to-Peer やVideo-on-Demand 等のアプリケーションの普及により、トラヒックの時間変化が大きくなっている。また、単一のネットワーク資源上で複数のサービスが提供されるようになり、サービス間で資源の競合が発生することも問題視されるようになってきている。これら問題に対して、我々の研究グループでは、ネットワークを仮想化し、サービスごとに仮想ネットワークを割り当て、各仮想ネットワークを環境変動に適応して柔軟に組み替える機構を検討している。本研究では、単一の物理ネットワーク上に複数の仮想網を柔軟に収容するための仮想網制御手法を提案している。わずかな情報交換のみで複数の仮想網を柔軟に収容するために、複数の生物システムが同一の環境内で共生する様子をモデル化したアトラクター選択およびアトラクター重畳に注目している。アトラクター重畳は同一の環境内にアトラクター選択で駆動する複数の生物システムが共存する場合に、それらの生物システムが非常に少ない情報、すなわち活性度のみを用いた相互作用により、協調的な振る舞いをモデル化したものである。複数仮想網の制御にアトラクター重畳を応用することで、それぞれの論理ネットワークはアトラクター選択にもとづく仮想網制御により分散的に仮想網を構築しつつ、共通活性度を利用して論理ネットワークの協調的な振る舞いを促し、ネットワーク全体でも柔軟な制御を実現している。シミュレーション評価により、提案手法を用いない場合は、それぞれの論理ネットワークが利己的に物理ネットワーク上の資源を利用するため、他の論理ネットワークがトラヒックを収容可能な仮想網を構築できない状況が発生することを示した。一方、提案手法を用いた場合は、共通活性度によりそれぞれの論理ネットワークが協調的に振る舞うため、ネットワーク全体を柔軟に制御されることを明らかにした。

[関連発表論文]

6.1.3 論理トポロジー制御のためのトラヒックマトリクス推定手法に関する研究

トラヒックを効率的に収容する方法として、IP/光ネットワーク上で、光パスによって構築される論理トポロジ(VNT)を動的に再構成する手法の研究が進められている。しかしながら、VNT を適切に再構成するためには、対地間のトラヒック量を把握しネットワークを制御することが必須であるが、ネットワークの規模が大きくなるとともに、収集する制御情報量が増加する。そのため、リンク負荷などの一部の測定情報から対地間トラヒック量を推定するトラヒックマトリクス推定手法の適用が望まれる。本研究では、ネットワークの一部のノードを選択し、選択されたノードから収集したトラヒック情報のみから全リンクのトラヒック量を推定することにより、トラヒック情報収集負荷を削減する手法を提案した。評価結果より、全ノードのうちの30%のノードから収集したトラヒック情報から提案手法によって推定されたリンク使用率を用いることにより、トラヒック変動によって発生した輻輳を解消するようなVNT再構成が可能であることが明らかになった。

[関連発表論文]

6.1.4 トラヒック変動への追随を目的とした階層化トラヒックエンジニアリング手法に関する研究

時間変動が大きなトラヒックを効率的に収容するには、各時刻のトラヒックに合わせて経路を動的に変更するトラヒックエンジニアリング(TE) が有効である。各時刻のトラヒックに合わせてネットワーク全体の経路を変更するためには、経路計算を行うPCE と呼ばれるサーバで、ネットワーク全体のトラヒック情報を収集する必要がある。しかしながら、大規模ネットワークでは、ネットワーク全体のトラヒック情報を頻繁に収集することや、ネットワーク全体の最適な経路を短時間で計算することは困難であり、トラヒック変動によって輻輳等の問題が生じてから、その輻輳を解消するための経路変更を行うまで時間がかかる。そこで、本稿では、ネットワークを地理的に分割、階層化を行い、頻繁に行うことが可能な局所的な制御と、長い周期で行う広い範囲の制御を組み合わせることにより、トラヒック変動発生後、すばやく、適切な経路に移行する手法を提案する。本研究では、シミュレーション評価により、階層化せずに全リンクの情報を用いたTEと比較して、提案手法は半分以下の時間で輻輳を解消することができることが明らかにしている。

[関連発表論文]

6.2 光パケット/パス統合ネットワークに関する研究

6.2.1 光パケット/パス統合ネットワークにおける動的波長割り当て手法に関する研究

WDM 技術のインターネットへの適用形態として、 論理トポロジーを構築してパケットを転送するパケット交換型のIP over WDMネットワークや、データ発生時に光パスを構築してデータ転送を行うパス交換型の通信形態が広く検討されてきた。現状のインターネットは、パケット交換原理にもとづく通信形態が主流であるが、トラヒックの増大や関連技術の進展にともない様々な課題が顕在化している。例えば、1) パケット交換により高い回線利用率を達成するためには、ルータのバッファの大容量化と高速化が重要となるが、回線容量の増大とともに必要量の確保が難しい、 2) パケット交換はバッファリングを前提としており、その結果、通信品質の保証が困難となっている、3) また、通信品質をある程度保証するためには、回線容量やルータ処理能力のオーバープロビジョニングが必須となる、4) パケット毎に宛先探索等の処理が必須となるため、パケット数の増加とともに消費電力も増大する、5) 回線容量の増大にともない、パケットのヘッダ処理速度も向上させる必要があり、それにともないインタフェースコストが増大する、などが挙げられる。従って、単にパケット交換型もしくはパス交換型のネットワークを構築するのみでは、近年の多様なアプリケーションやサービスが必要とする通信品質への要求・要望を満たすことは困難であり、パケット交換型ネットワークとパス交換型ネットワークを融合し、それぞれの長所を生かすことが可能なパス/パケット統合ネットワークを構築することが重要であると考えられる。本課題では、このような考えのもと、光パケット/パス統合ネットワークに関する研究に取り組んでいる。

本研究では、パケット交換ネットワークとパス交換ネットワークに対してそれぞれ波長を割当てることで実現する光パケット/パス統合ネットワークの性能を評価した。まず、割当波長数を固定とした場合に、データ転送要求が発生してからデータ転送が完了するまでの時間であるレイテンシを求めた結果、トラヒック負荷に依存して最適な割当波長数が定まることが示した。そこで、トラヒック負荷の変化に対して適応的に割当波長数を制御し、レイテンシを低減するために、パケット交換ネットワークの平均キュー長に基づく動的波長割当と、二種のバクテリア菌が共生する数学モデルである生物共生モデルに基づく動的波長割当を考案した。計算機シミュレーションの結果、波長割当数を固定とした場合に比べて、動的波長割当手法が、50%以上転送遅延が低減されることが明らかとなった。また、光統合ネットワークにおいてレイテンシを算出するための数学的解析手法を検討し、既存の数学的解析手法と比較して、高い負荷においても高精度で光パス設定の棄却率を算出できることを示した。

[関連発表論文]