光伝送技術の発展には目覚しいものがあり、WDM(波長分割多重)伝送技術やデジタルコヒーレント光伝送技術によってネットワークの回線容量は爆発的に増大してきた。しかし、光伝送技術とネットワーキング技術はおのおの別個の歴史を持ち、インターネットに適した光通信技術の適用形態については明らかになっていないのが現状である。短期的には、高性能・高信頼光パスネットワークがその中心技術になると考えられ、長期的な解としてはフォトニックネットワーク独自の通信技術を用いた大規模かつ分散制御型の光パスネットワークや光パケットスイッチネットワーク、光パスネットワークと光パケットスイッチネットワークを統合した適用形態も十分に考えられる。本研究テーマでは、これらの点に着目した研究を進めている。
P2Pネットワーク、VoIP、動画配信サービスなどの新たなサービスが登場し、ネットワーク上でのトラヒックの変化は大きくなっている。これまで、トラヒック量を既知として効率良く収容するための論理トポロジー制御手法に関する研究が数多くなされているが、トラヒックの変化に対して適応的に論理トポロジーを制御することが重要である。本研究では、ネットワーク性能の最適化のみではなく、環境の変化に対する適応性を備えたネットワーク制御手法として、局所的な情報交換によって予測困難な環境変化に適応する振る舞いにもとづいた論理トポロジー制御の確立に取り組んでいる。これまでに、生物が予測困難な環境変化に適応する振る舞いをモデル化したアトラクター選択に注目し、トラヒック変動に対する適応性を備えた論理トポロジー制御手法を提案し、シミュレーション評価および実機評価によりトラヒックの変動に対して早く反応し、その変化に適応することを示している。しかし、上記の研究においては、ランダムに構成された論理トポロジーを候補としてアトラクターとしていた。そこで、アトラクター選択にもとづく論理トポロジー制御において、どのようなアトラクターを構築するべきかの検討を行い、その指針を提案した。提案手法の基本的なアプローチは、論理トポロジー候補をその特性によって群へと分類し、それぞれの論理トポロジー候補群から一つずつ論理トポロジー候補を選出することで、多様なトラヒック変動に適応可能なアトラクターを選定する。しかし、このアプローチは大規模なネットワークを対象とした場合に計算時間が爆発的に増大するという課題がある。そこで、本アプローチを大規模なネットワークに適用するため、ネットワークのトポロジーを階層的に縮約する手法も合わせて提案している。評価の結果、ランダムに光パスを設定することで仮想網候補を構築した場合と比較して、提案手法は最大リンク利用率をより低く抑えられる良好な仮想網候補が設計でき、結果として仮想網制御により解を発見するまでの制御時間が減少することがわかった。
次に、アトラクター選択にもとづくVNT制御において解発見までの時間の更なる削減を目的とし、アトラクター集合の更新手法を提案している。提案手法では、トラヒック需要の情報を用いてオフライン計算による評価によって、今現在の環境に対して不適切なアトラクターを一時的に除外し、環境に適したアトラクターをアトラクター集合に動的に組み入れる。計算機シミュレーションの評価の結果、既存の手法により選定されたアトラクターのみを用いる場合と比較して、提案手法では制御成功率が最大約40%改善され、制御に要する時間が最大約70%削減されることがわかった。
図: アトラクター設計手法の概要 図: アトラクター更新手法の概要環境の変化に対する適応性を備えたネットワーク制御手法として、アトラクター選択を用いた論理トポロジー制御手法を提案している。本研究では、アトラクター選択を用いた論理トポロジー制御手法の性能向上を目的として、アトラクターの学習規則や制御変数の多値化に取り組んでいる。下記の論文では、アトラクターの学習規則としてojaを適用することによって、Hebbを用いる場合と比較して、計算時間が21%削減されることを示した。また、制御変数の多値化によって、良好な論理トポロジーを発見するまでの時間が60%削減されることを示した。
生物システムは、環境変動に対して安定して機能する頑強性と環境が大きく変動した際に自身の状態を大きく変える可塑性を備えていることが知られている。本研究では、頑強性や可塑性を備えた生物システムの進化適応を参考に、適応性や拡張性の高い情報ネットワークの構築手法を検討している。下記論文では、フォトニックインターネットを対象として、トラヒック需要増大に伴う物理設備量の増強を環境変動の1つとして捉え、様々な環境変動に対する進化適応性を備えた物理ネットワークを構築するためのネットワーク設備増強手法を提案している。提案手法では、頑強性と可塑性を備えた生物の進化を説明する数理モデルを導入し、ポート数増強の指針を得る。可塑性を備えた物理トポロジーを構築することで、設定できるVNT の多様性が増し、アトラクター選択にもとづくVNT 制御による将来の環境変動に対する適応性が更に向上すると期待される。提案するポート追加位置決定手法では、ポート追加の候補となる1つのノードに暫定的にポートを追加して得られる物理ネットワーク上で、生物の進化モデルを応用したダイナミクスに従いVNT 制御を行い、システムの適応性を試算する。これをポート追加の候補となるノードそれぞれに対して行うことで、もっとも進化適応性が高まるポート追加位置1 箇所を決定する。その過程を繰り返すADD アルゴリズムによって、ポートを追加する。計算機シミュレーションによる評価では、ヒューリスティックなVNT 設計手法であるI-MLTDA を用いて現在のトラヒック需要に最適な位置にポート追加を行う手法と比較した。12 ノード規模のネットワークを対象に計算機シミュレーションを行った結果、提案手法は比較手法と比べて適応可能な通信量が約8%増加することが明らかとなった。
エラスティック光ネットワークは、従来のWDMネットワークと比較して、光パスに割り当てる帯域幅(光スペクトル資源)の粒度が小さく、資源の利用効率が高いという利点がある。この利点を活かしつつ、今後も増大・変動することが予想されるIPトラヒックをエラスティック光ネットワークに収容するためには、仮想網制御アプローチが必須である。しかし、どのような仮想網を構築すべきかを含めた仮想網制御手法の検討は十分になされてきていない。そこで本研究では、エラスティック光ネットワークにおける仮想網制御手法を提案している。提案手法では、生物が未知の環境変化に適応する振る舞いをモデル化した、アトラクター選択モデルを応用し、現在のトラヒックの収容効率と使用資源数の削減を両立する仮想網を構築する。また、取得した各光パスのリンク利用率をもとに、各光パスの帯域幅の調整を行う。計算機シミュレーションによる評価により、提案手法は、使用資源数を抑えつつ、現在のトラヒックを収容できる仮想網を構築できることを示した。