インターネットの普及によって,インターネット接続端末数は爆発的に増加し,その結果既存のIPv4 のアドレスでは, すべての端末に IP アドレスを設定できないという,アドレス枯渇問題が現実となりつつある. この問題を解決する次世代の IPv6 について,現在標準化が活発になされている.IPv6 は,IPv4 のアドレス枯渇問題を解決するだけでなく, IPv4 では存在しない新しい機能についても多く提案および標準化が行われている.しかしながら,これらの機能を実現するためには, 数多くの解決すべき技術課題が存在する.本研究テーマでは,IPv6 ネットワークを実現するために必要とされるこれらの 技術課題について取り組み,解決法を示すことを目標としている.
本研究では特に,IPv6 の新しい機能のひとつであるエニーキャストルーティングを対象とした.エニーキャストアドレスとは, 複数の端末に対して同一のアドレスを割り当てる技術であり,クライアント側は複数存在する同一アドレスのサーバから, 適切なサーバに対して通信することが可能となる.しかし,現在エニーキャストアドレスの機能はほとんど利用されていないのが実状である. この原因として,エニーキャスト通信に必要となる多くの機能がいまだ定義されていないこと,エニーキャストに適したアプリケーションが 明確でないこと,また,実運用に必要な技術が整備されていないことなどがあげられる. 本研究では,これらの問題を統合的に扱い,エニーキャストをより使いやすく,また広く普及するために必要なものが何か, という問題についてその解決法を示すことを目標としている.以下に今年度取り組んだ課題についてそれぞれ説明する.
先にも述べたとおり,エニーキャストの利用は非常に制限されており,有効な利用方法は見つかっていない. その理由の一つとして,エニーキャスト自体の定義の曖昧さが利用者の混乱を引き起こしていることがあげられる. 本研究では,まず今後の議論のためにエニーキャスト通信で用いる用語を定義した,新たなドラフトを作成した. 次に,定義した用語を用いてエニーキャストの利用方法をいくつか例を挙げ説明し,さらに,エニーキャストを利用するために必要となる 機能の定義を行った.
エニーキャスト通信を使えば,複数のサーバの中から最適なサーバと自動的に通信可能となる. しかし,この最適なサーバ選択を実現するには,新たなルーティングプロトコルのサポートが必要となるため,現状では利用できない. 本研究では,ネットワーク上の任意の場所にエニーキャストサーバが存在する場合に必要となる,ルーティングプロトコルの設計を行った. その特徴としては,(1) エニーキャストネットワークへの段階的な移行,(2) 到達性の確保(少なくとも一つのホストに必ず到達する), (3) スケーラビリティの確保,(4) より少ない修正,があげられる.本研究では,特にエニーキャスト通信とマルチキャスト通信との 類似性を元に,既存のインターネットへの適用性を考慮した新たなエニーキャストルーティングプロトコルを提案した. 特にルーティングプロトコルの設計においては将来の標準化も視野に入れ,その方式の違いから異なる3種類のプロトコルの設計, 並びに実装を行った.いずれのプロトコルも実験環境において適切なサーバ選択がなされることが示された.
エニーキャストがほとんど利用されていない理由のひとつとして,エニーキャストアドレスがパケットの送信元アドレスとして 使用できないためにセッションを維持した通信ができないという問題がある.特に,現在インターネットで広く利用されているTCP を 使用した通信ができないことが,エニーキャストの利用範囲を大幅に制限している. また別の理由として,異なるネットワークに属する複数のノードを対象としたグローバルエニーキャストを実現するための実用的な メカニズムが存在しないことが挙げられる.本研究では,以上の問題点を解決するための新しいグローバルエニーキャストアーキテクチャに ついて検討を行う.本研究では特に (1) 実用的,かつ既存の技術を用いて容易に実現可能であること, (2) TCP などのセッション情報を保持する通信に対応できることの2点を目標とする.そこで,IPv6 における既存の通信モデルについて 検討を行った結果,IPv6 の移動端末向けのプロトコルであるMobile IPv6 (MIPv6) とグローバルエニーキャストにおいて多くの類似点を 見いだした.よって本研究では,MIPv6 のメカニズムを応用した,新たなグローバルエニーキャストの実現手法について検討する. そこで,MIPv6 とグローバルエニーキャストの類似点と相違点を挙げ,MIPv6 のアーキテクチャを用いることでグローバルエニーキャスト 実現における課題点を解決し,容易にグローバルエニーキャストを実現できることを示した.
現状のインターネットにおいてAS間・ルータ間の接続状況を観測した結果,ASおよびルータの出線数の分布はべき乗則に従うことが 示されている.従来のべき乗則に従うネットワークを対象とした研究では,そのモデル化手法の提案やASレベルを対象としたトポロジ特性, リンク負荷特性の評価が広くなされてきた.近年には,ルータレベルのインターネットトポロジに着目し,ルータのバックプレーン処理能力, インターフェース速度による技術的制約のもとでネットワークのスループットの最大化を目指した結果としてべき乗則を有する構造となること 示されている.ところが,インターネットトポロジがべき乗則に従う理由を示すのみでは実用上不十分であり, トポロジ特性を利用したネットワーク設計,設備量予測,トラヒック制御に応用していく必要がある.このような考えのもと, 本研究テーマでは経路制御機構に着目した研究を進めている.
べき乗則に従うネットワークでは,ノードの出線数分布がべき乗則となるネットワークを対象とした研究が行われている. しかし,ネットワークの特性は出線数の分布によってのみ決定するわけではない.例えば実際に稼働しているISPネットワークにおける ルータレベルのトポロジ構造は高度にクラスタ化されている.すなわちノード同士が2つ以上のノードに接続し, その接続先のノード同士も互いに接続している構造を持っている.経路制御など,ネットワークの制御に関する研究では, ネットワークの構造が最も重要な位置を占めている一方で,リンクの回線容量も同様に重要である. 回線容量設計がISPネットワークのコストを決定するためである.本研究では,べき乗則の性質を持つネットワークにおける回線容量設計手法を 提案している.まずべき乗則の性質を持つネットワークにおいて,必要回線容量を明らかにした. その結果,BAモデルによるトポロジはランダムに接続されたトポロジよりも非常に少ないリンク容量を必要とすることがわかった. その一方でISPトポロジに関しては多くの回線容量が必要となることを明らかにした.また,べき乗則の性質を持つネットワークにおいて, 回線容量の分布もまたべき乗則に従うことを明らかにした. すなわち,べき乗則の性質を持つネットワークは多くの回線は少ない回線容量しか必要とせず,一方で少数の回線が多くの回線容量を必要とする. 以上の結果をもとに,各リンクにおける1リンク故障時のトラヒック増加量を計算することでトポロジ構造の特性を取り入れた 回線容量設計手法を提案した.本手法の評価の結果,我々の提案手法はオーバープロビジョニング手法と比較して, ネットワーク全体で40%の回線容量を削減することがわかった.
現状のネットワーク設計では,トラヒック量の増大に対しては,バックボーンネットワークの回線容量を再度設計することにより対応が行われている.しかし,バックボーンネットワークの回線容量を増強したとしても,ネットワークのボトルネックはルータのインターフェースにシフトするのみであり,ネットワークに収容可能なトラヒック量はルータの技術的制約により制限される.本研究では,アクセス回線の大容量化に耐えうる経路制御手法を確立することを目的とし,以下の評価に取り組む.まず,ルータレベルのインターネットトポロジにおいて,アクセス回線の大容量化がバックボーンネットワークのリンク負荷に与える影響を計算機シミュレーションにより調査し,問題点を指摘する.次に,フロー偏差法に基づく最適経路制御手法を適用して収容可能なトラヒック量を評価し,アクセス回線容量の増加に対して効率よくトラヒックを収容できるトポロジ形状を明らかにする.計算機シミュレーションの結果,最適経路制御手法を適用することにより,最小ホップ経路選択手法による結果と比較して収容可能トラヒック量は約3倍となることが明らかとなった.しかし,フロー偏差法に基づく経路制御では計算時間が増大し,現実の大規模なネットワークに適用することは難しい.そこで,本研究ではルータの技術的制約に関する情報を利用した経路制御方式を新たに提案し,べき乗則に従うインターネットトポロジに適した経路制御手法を提案している.計算機シミュレーションによって評価を行った結果,提案方式では,従来の最小ホップ経路選択方式に比べて最大リンク利用率は45%減少し,収容可能トラヒックは約1.8倍となることがわかった.
インターネットのトポロジ形状を計測した結果,ノードの出線数分布がべき乗則に従うことが近年明らかにされており,べき乗則に従うトポロジのモデル化手法の検討がなされている.しかし,モデル化手法により生成されるトポロジを経路制御などのネットワーク制御手法に適用するためには,出線数分布の一致のみならず,トポロジ構造の適切なモデル化が必要である.本研究では,ISP レベルのトポロジに着目したトポロジモデル化手法を提案した.関連発表論文では,まず既存のモデル化手法で生成されるトポロジとISP のトポロジの構造上の違いを明らかにしている.その結果に基づいて物理的距離およびクラスタ係数に着目したトポロジ生成手法を提案し,その生成トポロジは経路制御手法の評価に適用可能であることを示した.また,日本国内のISPを対象としてTracerouteによるインターネットトポロジの計測を行った.計測したトポロジを出線数分布,平均ホップ数,クラスタ係数,平均ノードペア数の指標から評価した結果,日本のISPトポロジもべき乗則に従うことが明らかとなった.しかし,日本のISPトポロジでは,出線数が大きいノードは東京に集中しており,海外のISPトポロジとは異なりBAモデルで生成したトポロジに近い構造特性を示すことを明らかにした.