1. 環境情報ネットワークアーキテクチャに関する研究

1.1 センサーネットワークアーキテクチャに関する研究

無線技術の進歩に伴い,小型で安価なセンサノードで構成される大規模なセンサーネットワークが実用化され,その適用範囲が広がりつつある.無線通信環境は,有線と比較してパケット損失率が高く品質も不安定である.また,センサノードの移動や故障に伴うネットワーク構成の変化も頻繁に起こると考えられる.このようなセンサーネットワークにおいて,すべてのセンサノードから情報を収集し,また制御情報を配信するような集中型の制御は適していない.また,集中型の制御には,多数のセンサノードに起因するスケーラビリティの問題もある.そこで,本研究では,センサーネットワークにおける自律分散型の制御方法に関して,その性能を明らかにすることを主なテーマとしている.

1.1.1 アンビエント情報ネットワークにおける動的なネットワーク構成手法

アンビエント情報社会では,環境や人に付随するさまざまなセンサなどの情報機器が,人やモノ,環境の状態や要求を認識,把握し,その場に応じた適切なサービスが提供される.アンビエント情報社会の実現のためには,異なる制御ポリシーやアーキテクチャのもとで動作するさまざまなネットワークが,状況に応じて自律的に結合,融合することによって情報交換や統一的な動作を行い,また,不要の際には分離して元の動作状態に戻らなければならない.

本研究では,動作周期をネットワークの動作・制御ポリシーと見なし,動作周期の異なるネットワークが動的に再構成される仕組みについて,パルス結合振動子モデルにもとづいて検証している.パルス結合振動子モデルでは,異なる動作周期の振動子群であっても,振動子がそれぞれ刺激を与えあう結合関係にあれば,引き込み現象により,いずれ全ての振動子が同じタイミング,周期で同時に発火する完全同期状態に達する.したがって,それぞれのネットワークの境界ノード間でのメッセージ交換による相互刺激を可能にすれば,異なる動作周期のネットワークもいずれ完全同期し,一つのネットワークとして動作できるようになる.また,刺激伝達の範囲を抑制することにより,ネットワークの一部のみが互いに同期した結合関係を構成することも可能である.境界ノード間のメッセージ交換を停止すれば,それぞれのネットワークは元の動作周期で動作するようになり,ネットワークが分離される.シミュレーション評価により,ネットワークの結合,融合,分離を確認するとともに,ネットワーク融合による効果の例として,ツリー型トポロジでのメッセージ収集遅延を同期によって最大4分の1に減少できることを示した.

[関連発表論文]

1.1.2 反応拡散モデルにもとづく自己組織型クラスタリング

無線センサネットワークでは,無線チャネルの競合回避や送信電力抑制の観点から,近隣のセンサ端末でグループ(クラスタ)を構成し,クラスタ内の代表端末(クラスタヘッド)にセンサ情報を集約した後,クラスタヘッド間通信によって基地局にセンサ情報を収集する,クラスタ型の通信が有効である.センサネットワークの長寿命化と低遅延な情報収集のためには,適切なクラスタを自己組織的に構成する必要がある.

本研究では,反応拡散モデルを用いることによって,最適に近いクラスタを自己組織的に構成することのできる手法を提案している.まず,基地局の位置やセンサ端末の通信距離,情報集約の有無などの条件の異なるさまざまなシナリオのもとで,ツリー型トポロジ,スター型トポロジを含むさまざまなトポロジを,収集遅延および総消費電力に関して網羅的に比較評価した.その結果,多くのシナリオにおいて,クラスタ内・クラスタ間でマルチホップ通信をするトポロジが最も性能がよく,かつ,基地局に近いほどクラスタヘッド密度が高いものがよいことを明らかにした.次に,この最適トポロジを反応拡散モデルによって自己組織的に構成するため,センサ端末間で因子濃度情報を交換し,基地局からの位置によって波長の異なる斑紋パターンを形成する機構を提案した.本機構では,さらに,クラスタメンバからクラスタヘッドへの情報転送は,特別な経路制御を必要とせず,活性因子濃度勾配にしたがって送信先を選択することで達成される.シミュレーション評価により,最適トポロジに類似したクラスタが構成され,最適トポロジに対しては消費電力×遅延が最大30%増加するものの,その他のトポロジと比較すると最大93%削減できることを示した.

[関連発表論文]

1.1.3 自己組織的な無線センサネットワーク制御技術

無線センサネットワークは,センサ端末数の多さ,センサ端末の追加,除去,移動や通信品質変動によるトポロジ変化,デバイスの脆弱性などに対処するため,拡張性,適応性,耐故障性を有することが求められ,また,無線通信容量の制限や電池容量の制約のため集中管理は困難である.したがって,無線センサネットワークのためには,周囲の観測や近隣端末との情報交換から得られる局所情報にもとづいてセンサ端末自身が判断し,動作することによって,ネットワーク全体として所望の機能を達成する,自己組織的な制御技術が必要不可欠である.

本研究では,さまざまなアプリケーションを対象に,自己組織的なセンサネットワーク制御技術を提案している.観測領域の多数のセンサが得たセンシング情報のうち極値(最高気温など)を定期的に収集するアプリケーションを対象とした手法では,基地局から最大ホップ数のセンサ端末が情報収集を開始し,それぞれのセンサ端末は受信したセンサ情報と自身のセンサ情報を比較することによって中継の要不要を判断する.シミュレーション評価の結果,提案手法により,送信回数を最大20%程度抑制することができ,さらに20%のセンサ端末に障害が生じても適切な情報収集が行えることを示した.また,アトラクタ重畳の考えにもとづき,センサネットワークのクラスタリングと経路制御をそれぞれアトラクタ選択モデルによって適用的に行う手法についても提案している.

[関連発表論文]

1.1.4 アプリケーション要求に適応的なセンサネットワーク通信機構(株式会社神戸製鋼所との共同研究)

無線センサネットワークにおいては,長期間運用のための省電力制御だけでなく,観測対象の状態変化に応じた適切なセンサによる適切な頻度のセンシングが必要である.例えば製鋼所高炉において炉壁の温度やCOガス濃度を遠隔監視する場合には,平時の長い周期のセンシングだけでなく,高炉内部の対流変化によって生じた高温部の中周期でのセンシングや,急速に発生,拡散,移動するCOガスに対する短周期のセンシングが必要となる.また,異常の発生個所や規模の時間変化にあわせて,センシングを行うセンサ端末も変更しなければならず,基地局への経路上のセンサ端末も動作周期を変更しなければならない.

そこで,本研究においては,生物システムの同期現象の数学モデルであるパルス結合振動子モデルにもとづいた送受信タイミング制御と,社会性昆虫の群れにおける自己組織的な役割分担の数学モデルである反応閾値モデルにもとづいたセンシング周期制御を組み合わせた,アプリケーション要求に適応的なセンサネットワーク通信機構を提案している.提案機構では,複数のセンシング機能を有するセンサ端末により構成されるセンサネットワークにおいて,パルス結合振動子モデルにもとづく進行波型通信機構によって,平時には全てのセンシング対象から同じ固定の周期でセンサ情報を収集する.温度の上昇,COガスの発生などの異常が生じた場合には,異常の度合いを仕事の需要変化とみなした反応閾値モデルにより,適切な台数のセンサ端末がより頻繁なセンシングを行う.シミュレーションおよび実機実験によって,観測対象の状態変化に応じた適切なセンシング,情報収集が行えることを示した.

[関連発表論文]

1.1.5 自動検針ネットワークのための自律分散型制御プロトコル(沖電気工業株式会社との共同研究)

検針コストの削減やメータの高機能化による付加価値サービスの実現のため,電気・ガス・水道などのメータに無線通信機能を付加し,無線センサネットワークによって検針情報や付加価値情報を収集,通信する自動検針システムの実用化が進んでいる.自動検針のための無線センサネットワークにおいては,使用料金の算出や稼働状態の管理などのため情報収集に高い信頼性が求められ,また,スマートメータのようなアプリケーションでは逐次的な電気使用量の把握のため低遅延な情報伝達が要求される.

そこで本研究では,自動検針ネットワークにおいて,低遅延かつ高収集率な情報収集を達成するための通信プロトコルを提案している.集合住宅を対象とした提案においては,定められた遅延制約を保証しつつセンサネットワークの長寿命化を図るスリープ制御を行っている.提案手法では,遅延制約時間は複数のタイムスロットに分割され,センサは定められた分布関数に基づいて自律分散的にスロットを選択し,割り当てられたスロットで受信動作を行う.ゲートウェイから遠いセンサほど早いスロットを割り当て,それぞれのセンサが自身よりゲートウェイに近く,より遅い受信スロットのセンサに情報を送信することによって,必ず全ての情報が遅延制約内にゲートウェイに到達する.シミュレーション評価により,適切な関数を用いることにより,遅延制約内の情報伝達を達成できるとともに,ノードごとのチャネル競合を抑制できることを示した.一方,住宅街を対象とした提案においては,パルス結合振動子モデルにもとづく同期型センサ情報収集機構を拡張することにより,高信頼性通信を達成している.ホップ間のメッセージ送信成功率を高めるためにはホップごとの送信時間が長くなり,収集遅延が増大することから,提案手法では,ホップごとの送信時間を抑制することで遅延を抑え,結果として低下する収集率を情報収集タイミングごとに複数回の情報収集を行うことによって補償する.シミュレーション評価の結果,1000台のセンサにおける情報収集率0.9999を約80秒で達成できることを示した.

[関連発表論文]

1.1.6 確実かつ迅速な緊急情報伝達機構(沖電気工業株式会社との共同研究)

センサネットワークの構築に際し,空調制御の温度・湿度センサなどとあわせて振動センサ,火災センサなどを導入すれば,侵入検知や火災検知など防犯,防災に役立てることができる.しかしながら,無線リンクは不安定で信頼性が低く,また,温度,湿度など通常運用の情報との衝突も発生するため,緊急情報伝達においてパケット損や衝突回避のための遅延が発生する.また,省電力のためにスリープ制御を行っている場合には,次ホップ端末のスリープ解除を待つための遅延が発生する.そのため,侵入や火事などの緊急情報を確実に,また,迅速に伝達するための制御技術が必要である.

本研究では,通常時は定期的なセンサ情報収集を行っているセンサネットワークにおいて,緊急情報を確実かつ迅速に伝達するための制御手法を提案している.提案手法では,緊急情報の伝達経路上のセンサ端末のスリープ制御を停止するとともに,経路周辺のセンサ端末による非緊急情報の発信を抑制するACM(Assured Corridor Mechanism),ホップごとの緊急情報の再送スケジューリング機構,緊急情報発信ノード周辺での輻輳を軽減するためのレート制御手法,および,ボトルネック端末における輻輳を解消するためのバックプレッシャにもとづくレート制御手法を組み合わせることにより,緊急情報の確実かつ迅速な伝達を実現している.シミュレーション評価により,500ノードからなるネットワークにおいて緊急情報の99.9%の配送率と70ミリ秒以下の遅延を達成できることを示した.また,46台のセンサ端末を用いた実機実験で実環境における有効性を確認した.

[関連発表論文]

1.1.7 カメラセンサネットワークにおける反応拡散モデルにもとづく符号化レート制御(松下電器産業株式会社との共同研究)

遠隔監視・観測を目的とするカメラセンサネットワークにおいては,通信容量の制限のため,対象物の位置に応じて符号化レートを調整することが求められる.多数の無線センサ端末からなるセンサネットワークにおいては,集中制御は現実的でなく,センサ端末の自律的動作によってネットワーク全体を制御するのが望ましい.さらに,制御機構はセンサ端末の分布,密度の違いや通信環境の変化に対する適応性,および障害や故障に対する頑健性を有していることが求められる.

そこで,本研究では,反応拡散モデルを用いることにより,カメラセンサによる自律分散的な符号化レート制御方式を提案している.提案機構では,近隣ノードとのやりとりをとおして得られる局所的な情報にもとづいて反応拡散方程式を計算することによって,対象物の位置や移動速度に応じた符号化レートの分布パターンが形成される.シミュレーションおよび実証実験により,ノードの自律的な制御によって対象物を捉えているカメラと対象物の移動方向に位置するカメラの符号化レートが高く設定されるとともに,局所的な総データ量が通信容量を超えない符号化レート制御が実現されることを示している.

[関連発表論文]

1.1.8 センサネットワークにおける自己組織型制御方式のロバスト性に関する研究

本研究では,集中制御とのセンサネットワーク上での比較を通して,自己組織型制御の優れたロバスト性を定量的に評価する.シミュレーションを通して,集中制御は理想的な環境下では遅延などの経路制御のメトリックにおいて優れた予測可能性を持つものの,自己組織型制御は伝送誤りやノード故障,リンクの切断などの様々な摂動に対して,データ収集機能を保持できることを示した.さらに我々はその評価結果を用いて,両制御手法のロバスト性の違いがネットワークの状態を把握するためにどれだけノードからの情報に依存しているかどうかによるものであることを示した.集中制御における制御局は信頼性の低いノードから集められるネットワークの状態に関する情報に依存しており,特にその情報が誤っていた場合に,集中制御に脆弱性をもたらす.逆に,自己組織型制御におけるノードはそれほど強く他のノードからの情報に依存しておらず,結果として誤った情報の影響も局所化されることが明らかとなった.

[関連発表論文]

1.1.9 センサネットワークの時刻同期手法のロバスト性に関する研究

センサネットワークにおいては,効率のよい情報収集や省電力化のためにセンサノード間の時刻同期は重要である.多数のセンサが広範囲に配置される大規模なセンサネットワークにおいては,ネットワーク全体に基準信号を送信することは困難であるため,自律分散型の時刻同期方式が有効であると考えられる.パルス結合振動子モデルは,蛍の発光や心臓のペースメーカ細胞など,生物界における個体間の局所的な相互作用により全体を同期させる仕組みをモデル化した,自律分散型の時刻同期方式である.本研究では,このような自律分散型の時刻同期手法の特性や適用範囲を明らかにすることを目指している.

そこで本研究では,基準ノードからの時刻のずれをマルチホップで伝達することで,ネットワーク全体の時刻同期を得るマルチホップRBS方式との性能比較を行なった.これら二つの方式に関して,MAC層における遅延の揺らぎやパケット損失の影響を考慮し,時刻同期に要する時間や時刻同期の精度などをシミュレーションによって導出した.その結果,パルス結合振動子による時刻同期は無線通信品質によらない安定度の高い時刻同期を広範囲の観測領域にわたって実現することができ,マルチホップRBSは接続性の高い環境において短時間で正確な時刻同期が実現できることを明らかにした.

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1.1.10 カエルの発声行動に着想を得た自己組織的なセンサネットワークの制御方式

アマガエルは,他の個体の鳴くリズムに合わせて周期的かつ交互に鳴くことによって,自分の存在を目立たせる発声行動をとることが知られている.また,周辺に多くの個体の存在を確認した個体は鳴くことを止め,体力を温存するサテライトという行動をとる.本研究では,これらの行動に着想を得て,パルス結合振動子による逆相同期,およびスリープ制御を導入することによって,確実なデータ送信と電力消費の削減を目的とした自己組織型スケジューリング手法を提案する.提案手法は,データ送信のスケジュールを調整することにより送信失敗を回避し,スリープスケジューリングによりネットワークを長寿命化させることを示した.

[関連発表論文]

1.2 アドホックネットワークアーキテクチャに関する研究

1.2.1 マルチチャネルマルチインタフェイスアドホックネットワークにおけるQoSを考慮した経路制御(株式会社日立製作所との共同研究)

安全,安心な社会生活を実現する基盤技術の一つとして近年注目を集めている無線アドホックネットワークは,ルータ,スイッチ,ケーブルといった固定設備を必要としないことから,ビル内や街路をはじめ,歴史的建造物や災害発生地域などへの設置も容易であり,VoIP(Voice over IP)や遠隔監視などに用いられる.これらのアプリケーションでは,通信のリアルタイム性が重要となるため,通信容量の限られる無線ネットワークでアプリケーションの要求する通信品質を提供するためのQoS(Quality of Service)制御手法が必要となる.

そこで本研究では,無線ネットワークの通信資源の利用状態を考慮した新しい経路制御手法を提案している.提案手法では,それぞれ異なる無線チャネルを割り当て可能な複数のネットワークインタフェースを持つノードからなる無線アドホックネットワークを対象とし,OLSRv2の制御メッセージにチャネル使用状況に関する情報を付加することで,トポロジおよび帯域情報をネットワーク全体のノードに効率的に伝播する.送信側ノードでは,送信要求発生時にアプリケーションの要求するQoSを満足する論理経路を決定し,パケットをカプセル化することで論理経路に従ったパケット転送を物理ネットワーク上で行なう.シミュレーションにより,提案システムでは,3チャネルをリアルタイム通信用に割り当てた100ノードを格子状に配置したネットワークにおいて,95 %のエンド間パケット到着率と10 msec程度のエンド間遅延を実現できることを確認した.さらに,論理経路制御により,リアルタイム通信のトラヒックがネットワーク全体に分散されたことを確認した.また,実機を用いて提案手法の有効性を確認した.

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1.2.2 低消費電力アドホック・メッシュネットワークに関する研究(富士電機システムズ株式会社との共同研究)

アドホック・メッシュネットワークは,複数経路による信頼性の高いネットワークを構成できる半面,一般に消費電力が大きく,それを抑制することが重要な課題である.消費電力の削減を目的とした通信方式としては,各ノードを間欠的に動作させる方式が有効である.本研究で対象とするIRDT (Intermittent Receiver-driven Data Transmission)方式は,低頻度でパケットが発生するネットワークにおいて長期間の運用を目指して設計されており,各無線機が間欠的に自身のID を周囲に送信し,送信側ノードがそれを受信することで通信を開始することによって消費電力を削減している.本研究では,IRDT方式における間欠周期を動的に変化させることで,消費電力を抑制することを目指した.シミュレーションによって送信端末始動型の方式であるLPL(Low Power Listening)方式との比較を行った結果,データ発生頻度の低い環境において高いパケット収集率を実現する条件の下では,本方式の消費電力がLPL 方式の25%まで削減可能であることが示された.

[関連発表論文]