3) 次世代高速ネットワークアーキテクチャに関する研究

3.1) 高速トランスポートアーキテクチャに関する研究

エンドホスト間でデータを高速に,かつ効率よく転送するための中心技術がトランスポートプロトコルである. 特にインターネットで用いられているTCPでは,エンドホストがネットワークの輻輳状態を自律的に検知して転送率を決定している. これは,インターネットの基本思想であるEnd-to-End Principleの核になっているものであるが,エンドホストの高速化により, その適応性をより高度なものにできる可能性が十分にある.また,ネットワーク内ルータでは,エンドホストの適応性を前提とした 制御を考えていく必要があるが,それが実現されれば,自律性,適応性に富んだ高機能ネットワークの可能性も見えてくる. 本研究テーマでは,そのような高速トランスポートプロトコルに関する研究に取り組んでいる.また,CDN (Contents Distribution Network) やデータグリッドなど,IPネットワーク上において特定のサービスを提供するためのオーバレイネットワークにおける トランスポートアーキテクチャに関する研究にも取り組んでいる.

3.1.1) インラインネットワーク計測技術に関する研究

近年のネットワークサービスの多様化に伴い,サービスオリエンテッドなネットワーク(サービスオーバレイネットワーク)が拡がりつつある.これらのネットワークにおいてサービス品質を向上させるためには,下位層ネットワークであるIPネットワークを与条件として,サービス提供のためのコネクション設定要求が発生した時に,利用可能な下位層ネットワーク資源量を適切に把握することが重要である.

そこで我々の研究グループでは, IPネットワークのエンドホスト間で利用可能な帯域幅および物理帯域を同時にかつ少ないオーバヘッドで計測する,インラインネットワーク計測手法を提案している.提案方式は TCPコネクションのデータ転送時に得られる情報に基づいて計測を行なうインラインネットワーク計測と呼ばれる方式であり,新たな計測用のトラヒックをネットワークに導入する必要がなく,かつ計測結果を素早く導出することが可能となる.物理帯域の計測手法に関しては,同時に計測を行う利用可能帯域値を利用することで,従来手法とはまったく異なるアルゴリズムを用いて物理帯域の推測を行っている.

本年度の研究においては,高速ネットワークにおいても帯域計測が可能な,新たなインラインネットワーク計測手法の提案を行った.高速 (1 Gbps以上) なネットワークにおいて,パケットペアやパケットトレインなど,パケット間隔ベースの計測手法は,下記の二つの問題を持つ.まず,高速ネットワークでの計測は非常に短いパケット間隔が必要となるが,短い間隔でパケットを送信することは,大きなCPU負荷を必要とする.次に,高速ネットワーク対応のネットワークインタフェースのほとんどが割り込み削減機構(IC,Interrupt Coalescence)を採用していることである.IC はパケットの到着間隔を変えたり,パケットのバースト転送を生成したりするため,パケット間隔ベースの計測が不正確となる.

そこで本研究においては,上記の二つの問題を解決したインライン計測手法を提案した.提案手法はIC によって発生するパケットのバースト転送を逆に利用し,パケット送信間隔を調整することなく高い利用可能帯域を計測することができる.シミュレーション結果から,提案手法がIC がある環境で数Gbpsの利用可能帯域でも計測可能であることがわかった.さらに,既存のパケットストリームを用いた手法に比べて,計測に使用するパケットが1/100 程度になることもわかった.またICIMを導入したTCPが従来のTCPと同じデータ転送性能を持ちながら,数RTT程度という短い間隔で計測結果を導出することもわかった.

[関連発表論文]

3.1.2) インラインネットワーク計測技術を利用した新たなTCPサービスに関する研究(NEC社との共同研究)

上述のインラインネットワーク計測技術を用いることにより,TCPコネクションが転送中のデータ・ACKパケットを利用して,ネットワークパスの帯域に関する情報を獲得することができる.この情報を用いることで,従来実現できなかった,あるいは,従来アプリケーション層で実現する必要のあったさまざまなネットワークサービスを,トランスポート層,つまりTCPの制御によって実現することができると考えられる.本年度における研究では,その中でもバックグラウンドデータ転送,および一定のスループットを確保したデータ転送を実現するTCPの輻輳制御手法に関する検討を行った.

バックグラウンド転送とは,他のトラヒックに影響を与えずにネットワークの空いている帯域のみを利用して行うデータ転送のことである.バックグラウンド転送が実現されることによって,品質を向上させることのできるネットワークサービスが存在する.例えば,前述したCDN ではユーザからのコンテンツ閲覧要求を受けて行われるデータ転送以外にもバックアップ,キャッシング,プリフェッチなどによって発生するデータ転送を行っている.このとき,バックアップ等のデータ転送をバックグラウンド転送によって行うことによって,バックアップ等のデータ転送中にもユーザからのコンテンツ要求に迅速に対応することが可能となる

本研究では,インラインネットワーク計測によって得られる計測結果を用いて,従来のTCPよりも優先度の低いデータ転送を実現する新たなバックグラウンド転送方式ImTCP-bgを提案した.本提案方式においては,計測された利用可能帯域の情報を用いてTCPコネクションの最大ウィンドウサイズを設定することによって,バックグラウンド転送を実現している.また,利用可能帯域の計測ができない,または正確でない場合にも,フォアグランドトラヒックに影響を与えないデータ転送を実現するために,データパケットのラウンドトリップ時間を監視することでネットワーク輻輳を早期に発見する手法を提案した.

本研究においてはさらに,提案したバックグラウンド転送手法をFreeBSD上に実装し,実験ネットワーク,および東京-大阪間の公衆インターネット環境においてその性能評価を行った.その結果,提案手法はシミュレーションによる評価結果とほぼ同程度の性能を得ることができ,従来提案されているバックグラウンド転送と比較して,フォアグラウンドトラヒックに影響を与えることなく,高いデータ転送スループットを実現できることを明らかにした.

一方,インターネットの発展によりサービスが多様化し,リアルタイム配信型アプリケーションなど,通信品質の確保を必要とするアプリケーションが注目されている.これまで,IP層やアプリケーション層において高い通信品質を提供する手法が提案されているが,ネットワーク規模に対するスケーラビリティや導入コストなどの問題から実現が困難とされている.

そこで本研究では,トランスポート層において高い通信品質を実現する一方式として,TCPコネクションを用いてある一定のスループットを上位アプリケーションに提供する,TCPの輻輳制御方式を提案した.提案手法は,送信側TCPの輻輳ウィンドウサイズの増加方法を変更することで,データ送信レートを制御する.提案手法の評価はシミュレーションによって行い,その結果,背景トラヒック量が多く,利用可能帯域がほとんど存在しない環境においても,物理帯域の約10~20%のスループットを高い確率で獲得できることを示した.

[関連発表論文]

3.1.3) TCPオーバレイネットワークに関する研究(NEC社との共同研究)

ADSLやFTTHといった広帯域アクセス網技術の進展により,近年ますますインターネットが発展し,ユーザ数の爆発的な増加に伴い,要求されるサービスが多様化している.それらの中には,エンドホスト間のスループットなどに関して高いネットワーク品質を要求するサービスもあるが,現在のインターネットはベストエフォート型であり,ユーザの要求品質を満たすことはできない.この問題を解決し,IP層において品質制御を行う技術としてIntServやDiffServなどが存在する.例えばDiffServでは,サービスの種類によってルータにおけるパケット処理の優先順位を決定することによって,各フローの通信品質の差別化を行うことを目的としている.しかしながら,IntServやDiffServを実現するためには,フローが通過するすべてのルータに品質制御機能が実装されている必要があり,ネットワーク規模に対するスケーラビリティ,導入コストなどの面から実現は困難であると考えられる.一方,CDN (Contents Delivery Network) におけるプロキシキャッシュサーバなどのように,品質制御をアプリケーション層で行う技術も研究されているが,各アプリケーションに特化した複雑な制御を必要とする,所望の性能を得るためのパラメータセッティング等が困難である,などの問題がある.

そこで我々は,IP層やアプリケーション層において品質制御を行うのではなく,IP層においては従来のルーティングなど必要最低限の機能のみを提供し,品質制御をトランスポート層において行うTCPオーバレイネットワークに関する研究を行っている.TCPオーバレイネットワークにおいては,通常エンドホスト間に設定されるTCPコネクションをネットワーク内のノード(TCPプロキシ) で終端し,分割されたコネクションごとにパケットを中継しながら転送を行う.これにより,TCPコネクションのフィードバックループを小さくすることが可能になるため,スループットの向上を期待することができる.また,TCPオーバレイネットワークを構築することによって,ネットワーク環境の違いを吸収することが可能になるため,要求されるサービス品質に応じた制御を行うことが可能になる.例えば,送受信ホスト間に無線ネットワークが含まれる場合,一般的にはTCP コネクションのスループットは大幅に低下する.しかし,無線ネットワーク部分でデータ転送が独立するように,その前後でコネクション分割を行うことにより性能劣化を最小限に抑えることが可能である.

そこで本研究では,TCP オーバレイネットワークにおいて必要不可欠であるTCP コネクション分割機構について説明し,コネクション分割を行うことによりエンドホスト間のデータ転送速度が向上することを,簡単な数値例を用いて示した.しかし,既存システムの変更を最小限にとどめるために,TCP の輻輳制御アルゴリズムを各中継ノードにおいて独立に動作させる場合,それらが互いに干渉し,その結果期待するほどのスループットが得られないことが明らかとなった.そこで,この問題を考慮したエンドホスト間のスループット解析を示し,その妥当性をシミュレーションとの比較により検証した.その結果,スループット劣化はTCPプロキシの前後のコネクションが通過するネットワーク環境に差が少ない場合に大きくなり,最大で約60%性能が低下することがわかった.また,そのスループット劣化を防止するためには,従来TCPコネクションに必要とされる量の3倍から10倍の送信バッファが必要であることが明らかとなった.

また,NECとの共同研究により,東京―大阪間の公衆インターネット回線を用いた,TCPプロキシ機構の実証実験をいった.その結果,TCPプロキシ機構が実ネットワークにおいても有効であり,エンド端末のプロトコルやパラメータ設定を変更することなく従来手法に比べて高いデータ転送スループットを獲得できることを明らかにした.また,TCPプロキシ間のTCPコネクションに高速TCPを用いることで,さらに高いスループットが得られることがわかった.

[関連発表論文]

3.1.4) インターネットルータのバッファサイズに関する研究

現在,インターネットルータのバッファ容量の決定のためには,帯域遅延積を指標とする方法が広く利用されている.これに対し,ルータを通過するフローが多く存在する場合,ネットワークリンクの利用率を維持するには帯域遅延積をフロー数の平方根で除算したサイズで十分であるという主張が提起されている.しかしこの主張には,リンク利用率以外の視点からの評価が行われていない,評価を行う際のパラメータが限られている等の問題が存在する.

そこで本研究では,ns-2を用いたシミュレーションにより,ルータのバッファ容量がTCPの性能に与える影響を考察した.その結果,フロー数が十分に大きければ,バッファ容量を減少してもリンク利用率を高く維持できるが,帯域遅延積を用いた場合と比較すると,パケット廃棄率に関して性能が劣化していること,50 ~100Kbyte程度の転送データサイズを境としてデータ転送遅延時間が増加し,転送データサイズが小さいフローが多数を占めるネットワークや,エンド端末間の伝播遅延時間が小さいネットワーク以外においては,バッファ容量を減少することによる悪影響が現れることが明らかになった.

[関連発表論文]

3.1.5) 生物の増殖モデルに基づくTCPの輻輳制御方式

帯域や遅延が大きいネットワークにおいてTCP Reno を用いた場合においてスループットが低下することが問題点として挙げられる.この問題は,ウィンドウサイズの増加量を決定するパラメータが小さく(1 ラウンドトリップ時間(RTT) あたり1 パケット) ,ウィンドウサイズの減少量を決定するパラメータが大きい(パケット廃棄発生時に半減させる) ことに起因している.この問題に対する解決法は数多く提案されているが,それらの多くはTCP Reno のウィンドウサイズ制御の基本的機構であるAIMD 方式を引き継いでおり,その増減の量を決定するパラメータをネットワーク環境に応じて静的あるいは動的に調節することでスループットの改善を行っている.

しかし,それらの多くは特に帯域や遅延が大きいネットワーク環境を想定した修正であるため,他の環境において適用された場合にも問題点を持たないかどうかは不明であり,本質的な解決を行っているとはいえない.これは,TCP Renoは送受信ホスト間のパスのRTTを計測しているが,利用可能帯域を知るための効率的な方法を持たないためである.すなわち,TCPが何らかの手法を用いて,送受信ホスト間のパスの帯域に関する情報をすばやく,高い精度で取得することができれば,ウィンドウサイズの制御にAIMD方式を用いる必要はなく,より効率の良い輻輳制御方式を考えることが可能となる.

これらの問題に対してわれわれは,インライン計測技術を用いて帯域に関する情報を取得し,その情報を用いてウィンドウサイズ制御を行うことによって,従来のTCP Renoにおける問題を本質的に改善するための新たなTCPの輻輳制御方式を提案している.ウィンドウサイズ制御のアルゴリズムは,帯域に関する情報を用いることによってウィンドウサイズを適切な値にすばやく調節すること,および他のコネクションが競合する際に公平に帯域を分配できることを目的として設計する.そのために,数理生態学において生物の個体数の変化を表すモデルとして有名なロジスティック増殖モデル,およびロトカ・ヴォルテラ競争モデルを適用する.これらのモデルをTCPのウィンドウサイズ制御へ適用するために,生物の個体数をデータ転送速度に,個体数の収束値である環境容量を物理帯域に,および種間の競争を同一リンク上の複数コネクションの競合にそれぞれ変換する.本研究では,提案方式の特性を数学的解析によって明らかにし,提案方式が持つパラメータ設定方法に関する議論を行った.また,前述の高速ネットワークにおけるインラインネットワーク計測手法を用いて,ネットワークパスの物理帯域および利用可能帯域を取得することによって,提案している輻輳制御方式が,将来の超高速ネットワーク環境においても十分な性能を発揮することができることを明らかにした.

[関連発表論文]

3.1.6) 超高速データ転送を実現するTCPの輻輳制御方式に関する研究

例えば,近年注目されているデータグリッドネットワーク,ストレージエリアネットワーク等においては,エンド端末が1~10 Gbpsクラスの帯域を持つ高速ネットワークに直接接続され,データの取得・送出,データベースの更新,遠隔バックアップ等において,ギガバイトからテラバイト級のデータを高速に転送することが要求される.このような高速データ転送を行う場合に,現在のインターネットにおいて標準的に用いられているTCP Renoバージョンを用いると,大きなリンク帯域を十分使う程度のスループットを得ることができないという問題が指摘されている.この問題を解決するための一つの方法として,TCP Renoの輻輳制御方式を改変し,高いスループットを得ることができるHighSpeed TCPと呼ばれる方式が提案されているが,その性質はこれまで明らかになっておらず,特に従来のTCP Renoバージョンとの公平性に関しては考慮されていない.

そこで本研究では,HighSpeed TCPコネクションが従来のTCP Renoコネクションと同じリンクを共有する場合の,スループットおよび公平性に関して,数学的解析手法およびコンピュータ上のシミュレーションを用いて考察している.その結果,HighSpeed TCPは従来のTCP Renoに比べて非常に高いスループットを得ることができるが,システム条件によっては大量のパケット廃棄によってスループットが著しく低下し,リンク帯域を十分使う程度のスループットを得ることができない場合があること,また,従来のTCP Renoと同じリンクを共有する場合,TCP Renoを用いたコネクションのスループットを大幅に低下させるため,両者の間の公平性を維持することができない等の問題点を持つことを明らかにしている.さらに本研究では,解析によって明らかになったHighSpeed TCPが持つ問題点を解決し,高いスループットを得るとともに,TCP Renoコネクションとの公平性を改善するTCPの輻輳制御方式の提案を行っている.提案方式の有効性はシミュレーションによって評価を行い,提案方式によって,従来のTCP Renoコネクション公平性を大幅に改善し,HighSpeed TCPに比べて最大で約50%のスループット向上を実現できることを示している.

さらに本研究では,そのような高速TCPプロトコルではなく,GridFTPなどにおいて用いられている,通常のTCPコネクションを複数本並列的に用いることでデータ転送性能を向上させる並列TCP手法に着目し,その性能を数学的解析により明らかにした.解析においては,並列に設定されるTCPコネクションが同期的に動作する場合,および非同期的に動作する場合の両方を考慮し,並列TCP手法によるデータ転送スループットの上限と下限を明らかにした.その結果,理想的なTCPコネクション数はネットワークパラメータなどによって大きく変化し,その設定が困難であることが明らかとなった.また,高速TCPプロトコルと比較すると,ネットワーク環境の変動に対する性質などの点で,並列TCP方式が劣っていることを明らかにした.

[関連発表論文]

3.1.7) エンドシステム/ネットワーク統合環境におけるTCPの高速・高機能化に関する研究

インターネットの急速な発展にともなうトラヒックの増大に対し,バックボーンネットワークでは広帯域化,高速化が急速に進められている.その結果,現在のインターネットにおいてはエンドホスト資源やアクセスリンク資源がボトルネックになりつつある.たとえば,繁忙なWeb サーバなどにおいてTCP を用いたデータ転送を行う際,エンドホストのソケットバッファ,ディスクリプタ,CPU 資源などのTCPコネクションを確立するための資源が不足することによってエンドホストがボトルネックなることが問題となる.そこで,本研究においては,この問題を解決するためにエンドホストにおけるTCP コネクション資源の管理方式を提案し,シミュレーション,実装実験を通して,その有効性を確認した.一方,現在のインターネットではDSL (Digital Subscriber Line) などの普及によって,ユーザホストとインターネットを接続するアクセスリンク帯域は増加している.しかしながら,依然としてアクセスネットワークの帯域はバックボーンネットワークに比べると十分ではなく,特にユーザが複数のネットワークアプリケーションを同時に利用するような場合ではアクセスリンク帯域がボトルネックとなる.また,標準のTCPコネクションのスループットはRTT などのパラメータに大きく影響されるため,必ずしもユーザの意図した割合でアクセスリンク帯域がアプリケーション間で共有されない.

そこで本研究では,これらの問題点を解決し,ボトルネックとなるアクセスリンク資源を有効に活用するためのアクセス資源管理方式を提案した.提案方式においては,まずユーザホストで全てのTCPコネクションに割り当てられる受信バッファの総量を仮想的に調節することによって,アクセスリンクの輻輳を防止する.その後,各TCPコネクションへの受信バッファの割り当てを,TCPコネクションの性質に基づいて決定する.シミュレーションによる性能評価結果より,提案方式はデータ転送時間の減少,およびアクセスリンクでの輻輳の回避や遅延の減少に大きな効果があり,従来方式と比較した場合,アクセスリンクの利用率を高く維持したまま, short-livedコネクションにおけるドキュメント転送の遅延を最大90%削減できることが明らかとなった.

[関連発表論文]

3.1.8) フロー間の公平性を実現する階層化パケットスケジューリング機構に関する研究

現在インターネットワークトラヒックの大部分を占めるBest effort系トラヒックの品質に関して最も重要な目標の一つが各ユーザへの公平なサービスの実現である.今後,インターネットがますます重要なインフラと化してゆき,また各ユーザのアクセス帯域が大きくなるに従って,ユーザ間の公平なサービスはますます重要になってくると考えられる.公平なサービスを実現する手段としては,ネットワーク内の全てのルータにおいてユーザフローごとにスケジューリングする方式が提案されている.しかしながら,非常に多くのフローを超高速に扱うことはハードウェア技術上非常に困難であり,この方式はバックボーンネットワークにはスケールしないと考えられる.そこで本研究では,フロー毎に優れた公平性を提供し,エッジルータやコアルータの能力に合わせた,スケーラブルなスケジューリング方式を提案した.エッジのルータではper-flowにほぼ近い制御を行い,コアのルータでは複数のフローを集約して制御を行うことでスケーラブルを実現する.また,複数のフローを集約することで失われた情報を,集約された単位ごとのフロー数を推定したり,レートの高いフローを発見したりして,そのフローのパケットに対して優先的に棄却することにより,公平な制御を行うことができるようにする.本研究では,提案方式をシミュレーションによって評価し,集約された単位の公平性だけではなく集約された単位の中の個々のフローごとの公平性も実現できることを示している.また,フローの集約度と公平性の関係も明らかにし,高速なコアルータに実装可能な程度にフローを集約した場合でも,エンド間ではper-flow制御と同等の公平性を実現できることを示している.

[関連発表論文]

3.2) フォトニックネットワークアーキテクチャに関する研究

近年の光伝送技術の発展には目覚しいものがあり,WDM(波長分割多重)技術によってネットワークの回線容量は爆発的に増大してきた. しかし,光伝送技術とネットワーキング技術はおのおの別個の歴史を持ち,インターネットに適した光通信技術の適用形態については 明らかになっていないのが現状である.短期的には,高性能・高信頼光パスネットワークがその中心技術になると考えられ, 長期的な解としてはフォトニックネットワーク独自の通信技術を用いた大規模かつ分散制御型の光パスネットワークやフォトニックパケット スイッチネットワークも十分に考えられる.本研究テーマでは,これらの点に着目した研究を進めている.

3.2.1)データ粒度可変光パスに関する研究(大阪大学大学院工学研究科北山研究室との共同研究)

光符号を用いたパス設定には波長ルーティングに基づいたネットワークにおける固定的なデータ粒度に起因する様々な問題を解決する可能性がある.本研究では,ひとつの波長に複数のパスを設定することにより利用率を向上させることを目指し,光符号ラベルパスと光符号分割多重パスのデータ粒度を考慮して性能を明らかにする.併せて,それぞれの手法を利用するための光クロスコネクトのアーキテクチャを示している.光符号ラベルパスにはオン-オフトラフィックモデルを適用し,光符号分割多重パスには多元接続干渉 (MAI) を主な性能要因とする近似モデルを用いて性能を解析した.その結果,提案した2種類の光パス設定手法にはそれぞれの適用領域があることがわかった.

[関連発表論文]

3.2.2) 光クロスコネクトアーキテクチャにおけるOCDMを用いたマルチ粒度光パス設定に関する研究(大阪大学大学院工学研究科北山研究室との共同研究)

本研究では,まず,光クロスコネクトアーキテクチャ上に設定するOCDMに基づくラベルスイッチングパス (OCDM-LSP) を提案する.ファイバ,波長帯,波長のそれぞれのレイヤでのラベルスイッチングパスに,提案するOCDM-LSPを加えることにより,波長レベルのパス設定より細かい粒度でパスを設定することが可能になる.このOCDM-LSPを設定可能な光クロスコネクトアーキテクチャの設計を行うとともに,OCDM-LSPを用いた場合の性能をシミュレーションを用いて明らかにした.その結果,OCDM-LSPを用いることにより,呼損率をかなり小さくできることが確認できた.

[関連発表論文]

3.2.3) フォトニックインターネットにおける論理トポロジ設計手法に関する研究

次世代インターネットの基盤ネットワークとして,WDM技術に基づいたIP over WDMネットワークが有望視されている. このようなIP over WDMネットワークのアーキテクチャの一つとして物理トポロジ上に光パスを設定することで論理トポロジを構築し, その上でIPパケットを転送するアーキテクチャが考えられている.本研究では,IP over WDMネットワークにおいて, WDMネットワークの波長資源を効率的に使用し,トラヒックの変動に対しても柔軟に収容することを目標とした統合経路制御手法を提案している. 提案手法ではWDMネットワークの波長利用状況に基づいて仮想リンクを用意し,仮想リンクを含むトポロジ上で経路制御を行う. シミュレーションによる評価の結果,トラヒック変動がある場合,与えられたトラヒックデマンドに対して最適に設計された 論理トポロジよりも,エンド・エンド間の平均遅延を抑えるとともに,約70%多くのトラヒックをネットワークに収容できることがわかった. また,IP over WDMネットワークなど,広帯域,高速ネットワークを評価するために,流体モデルに基づくシミュレーション手法を用いる ことでシミュレーション終了時間を約1/500にすることが可能となった.

[関連発表論文]

3.2.4) フォトニックインターネットにおける波長変換器を用いた高性能・高信頼光パスネットワーク設計に関する研究

光通信技術の進展にともない,波長変換技術の実現が現実的になりつつある.しかし,波長変換の技術的な実現性が満たされたとしても,光パスネットワーク全体に波長変換器を導入するのは高コストとなる.本研究では,フォトニックネットワークにおいて信頼性を高めつつ,動的に変動するトラヒック要求に対応するための波長変換器配置問題に取り組んでいる.まず,近似解析に基づいて光パスの棄却が生じる確率が最も高いノードを算出することにより,波長変換器を配置するアルゴリズムを提案し,計算時間に優れつつ最適な波長変換器の配置が可能となることを示した.また,プロテクション機構に基づく高信頼光パスネットワークにおいても波長変換器配置問題に取り組んでいる.階層グラフを用いた波長ルーティングアルゴリズムを用いて評価を行った結果,波長変換器数が少ない場合でも波長変換器が十分にある場合と同等の性能を達成できることを明らかにした.

[関連発表論文]

3.2.5) 超高速光パス設定に関する研究(大阪大学大学院工学研究科北山研究室との共同研究)

WDM技術を適用したデータ通信方式として,データ発生時に高速に波長を割り当て,データ転送を行う方式が考えられる.この方式は,データ発生時に送受信間に光パスを設定するため,効率的なデータ転送が可能となる.ただし,パス設定が完了してデータ転送が開始するまでの時間によって性能が大きく変わるため,パス設定の高速化が必要である.本研究では,波長割当時のオーバヘッドを極限まで減らすことを目的として,光符号処理を利用したデータ転送方式を提案している.また,パス設定完了までの時間の短縮を目的とした光パス設定手法を提案している.具体的には,従来のパス設定手法を組み合わせることで往復伝搬遅延時間あたりに光パス設定を2 回試みることにより光パス設定の高速化を図っている.提案方式と従来方式の比較を計算機シミュレーションにより行い,その結果,光パスの保持時間が大きい場合に有効であることを明らかにした.

[関連発表論文]

3.2.6) フォトニックネットワークにおけるオンデマンド型光パス設定に関する研究

波長分割多重技術のネットワークへの適応形態として分散型光パスネットワークがある,このネットワークでは各ノードがそれぞれ単一波長からなる光パスを設定する.分散環境を対象とした光パス設定に関する研究では,ネットワークの波長利用状況に基づいて光パスの経路および波長を選択するための様々なアルゴリズムが提案されてきた.しかし,これらのアルゴリズムでは,光パス設定時に正確かつ詳細な波長利用情報を利用できるという仮定があった.現実にはリンク伝搬遅延や情報配布頻度によって古い波長利用情報を利用するため,性能が低下する可能性がある.そこで本研究では,既存の波長予約方式を利用した際に,リンク伝搬遅延の影響や情報配布頻度の違いが棄却性能に与える影響を調査し,バックワード型波長予約方式では0.2%程度の棄却率上昇であるのに対し,フォワード型波長予約方式では最大15%棄却率が上昇することを明らかにした.次に,情報が古いことによる影響が小さい経路選択方式を提案し,従来の最小負荷経路選択よりも20%パス設定時間を短縮し,情報が古いことによる影響が最小負荷経路選択より小さいことを確認した.さらに,GMPLSの最新標準に従い提案経路制御方式を実機に実装し,シミュレーション結果の正当性,波長数に対するスケーラビリティ,リンク利用情報の配布手法の性能評価をおこなった.その結果,あらかじめ与えられた閾値を波長予約数が越えた時にリンク利用情報を配布する手法を用いた場合,予約状況に変化があるたびに情報を交換する場合よりもシステムが許容する最大到着率を10%高くすることができることが明らかとなった.また,往復伝搬遅延時間あたりに光パス設定を2 回試みる高速光パス設定方式を実機に実装し,バックワード型波長予約方式との比較評価を行った.実験ネットワークではOXCの設定遅延時間が往復伝搬遅延時間に大きな影響を与えることを明らかにし,往復伝搬遅延時間あたりに光パス設定を2 回試みる高速光パス設定方式が有効となることを示した.

[関連発表論文]

3.2.7) 大規模フォトニックネットワークにおける階層化ルーティング機構に関する研究 (独立行政法人情報通信機構との共同研究)

光ネットワークにおいてスケーラブルなルーティングを実現するためにはルーティング機構の階層化が必要不可欠である.階層化によって経路表サイズは抑えられるが,経路長は増加する.光ネットワークでは波長連続性制約を満たす必要があり,経路長の増加により光パス設定要求の棄却率は増加すると考えられる.本稿では,ノード 間で設定可能な光パス数の最大化を目指してクラスタを構築する手法を提案する.提案手法は,階層化されたネットワーク上で選択される経路として,ファイバ数の大きな経路を用いるようにクラスタを構築することで設定可能な光パス数を増加させると,棄却性能の劣化を抑えられるという考えに基づいている.なお,本手法は,各ノードが分散してクラスタ構築動作を行う分散クラスタリングである.シミュレーションによって,提案手法で構築したネットワークは,経路表サイズが大幅に減少し,棄却率の上昇が抑えられることを示した.

アクセスリンク-コアリンク間での波長多重数の差異を埋めるために エッジノードで多数の波長変換器が必要となる.そのため,エッジノードに配置される波長変換器の数を抑えることが ネットワーク全体での波長変換器コスト低減に繋がる.エッジノードにおける波長変換器コストを抑えるために, 波長変換機能は限られているが比較的安価な固定波長変換器を用いた入力エッジノード構成法を提案する.提案手法では, 各アクセスリンクからの入力波長を固定波長変換によりコアリンク上の異なる波長へと一様に変換する.シミュレーションの結果, 任意の波長変換が可能な波長変換器のみを用いた場合と比較して波長変換器コストを約20%低減できることがわかった.

[関連発表論文]

3.2.8) 小容量バッファを持つフォトニックパケットスイッチネットワークに関する研究

パケットを光領域でスイッチングやフォワーディングを行うフォトニックパケットスイッチは,高速インターネットのためのインフラストラクチャを構成する重要な要素技術である.しかし, フォトニックパケットスイッチでは光領域におけるパケット蓄積技術が確立されていないことから,パケット競合の回避のために光ファイバによる固定長の遅延線(FDL; Fiber Delay Line) が考えられている.フォトニックパケットスイッチ実現のためには多くの課題を解決することが必要となるが,その一つが光パケットを蓄積するバッファの容量である.本研究では,小容量バッファを持つフォトニックパケットスイッチによって構成されたネットワークを対象とし,ネットワークのスループットを向上させるための手法を検討している.関連発表論文では,エッジノード間にXCPに基づくフローコントロール機構を導入し,エッジノードにおいてFDLによって生じるパケット間空き領域情報を考慮したパケット送信間隔制御を行うことで必要FDL長を大幅に抑えられることを明らかにしている.

[関連発表論文]